✢ ジャシル国の秘酒は本心を暴く
私はロゼとの婚姻誓約書を提出した後、二週間の休暇を取った。
私は愛するロゼとの蜜月という、至福の時を過ごした。
ロゼを自分の腕の中に閉じ込めて、思う存分に愛を囁いた。本当に夢のようだった。
しかし幸福な時間はあっという間に過ぎ去るものだ。公務に復帰した私は、溜まっていた執務に忙殺されることとなった。
「フェリクス。執務室に泊まるの、もう何日目だ?」
アルフが憐れみの目で私を見てくる。
「五日目だね。ロゼとこんなに会えないなんて耐えられない。今日こそは絶対に帰るよ」
「二週間べったりだったんだから我慢できるだろ」
「二週間じゃ全然足りない。一ヶ月にするべきだった」
「おいおい。堕落して国を傾けるなよ。あの伝説持ち出してきて、ロゼちゃんのこと悪く言う奴がまた出てくんだろが」
「わかってるよ。だからこうして頑張ってる」
「そうだな、フェリクスは頑張ってるよ。今日は帰れるといいな!」
アルフはそう言って、私の肩をぽんぽんと叩いた。
そうして死に物狂いで執務を終わらせ、実に五日ぶりに王太子宮に帰ってくることができた。
急いで湯浴みを済ませて夫婦の寝室に入った。するとソファにロゼが腰掛けていた。
「ただいま、ロゼ。まだ起きていたの?」
すぐにでも抱きつきたい衝動を抑えて、私はロゼに声をかけた。
「あ、フェリクスさまぁ。お帰りなさいませぇ」
(ん? ロゼの様子がおかしいな)
私はロゼの潤んだ瞳と、舌足らずな喋り方に違和感を覚えた。
テーブルの上にあるボトルとグラスをふと見遣る。
(まさか、毒か?!)
慌ててロゼのグラスに注がれた液体の匂いを嗅いで、少量を舐めてみる。
王族の教育で、私は毒物に対して多少の耐性がある。
(うん、毒は入ってなさそうだ。ただの酒か?)
だがロゼは酒に強いはずだ。何かがおかしい。
私は、とろんとした瞳で私を見上げているロゼの隣に腰かけた。
「ロゼ、このお酒は誰からもらったの?」
「これはぁ、イバン様からのジャシル土産ですぅ。木彫りのお面と、このお酒を頂いたんです。女性に人気のお酒だから、わたくしにぜひ飲んでほしいって」
昨日、ユリウスとイバンがお土産を持ってきたそうだ。
そういえば、寝室の壁に掛けられた木彫りのお面が増えている。
(これは夫婦の寝室に飾るものなのか?)
「イバン様からのお手紙です」と、ロゼが封筒を差し出した。封を開けるとメッセージカードが出てきた。
――この国の輝ける太陽、フェリクス殿下へ
この度は王太子殿下のご成婚に際し、心よりお喜び申し上げます。
これはジャシル産の秘酒『金獅子の涙』です。
この秘酒は――飲んだ者の本心を暴く恐ろしい酒――と伝えられていますが、実際にはリラックスしていつもより素直になる程度の代物だそうです。(少しだけ媚薬効果もあるそうですよ!)
ジャシル国王も妃達との良好な関係を築くのに使っているとの事。
お二人の仲を深める一助になると幸いです。
イバン・ランベールより――
私はあの男に嫉妬して牽制していた。思い返すと狭量だった自分に失笑した。
(いや、今も同じことをする自信があるな)
ロゼのことになると、途端に余裕がない男になるのだ、私は。
「わたくし、さみしかったです⋯⋯」
ロゼが私のガウンの袖をつまんで、エメラルドの瞳を潤ませている。頬や唇はほんのり薔薇色に染まり、なんとも艶めかしい。
「お仕事が大変なのはわかってるんです⋯⋯でも、わたくしとの時間も、少しでいいから作ってくださいまし」
そう言ってロゼがぎゅっと抱きついてくる。
いつもは聞き分けのよいロゼが、わがままを言ってくれている?!
か、可愛い! 可愛すぎるだろう!
嬉しすぎて、思わず表情筋が緩んでしまう。
こんな顔をアルフやルシアンに見られたら、間違いなく揶揄われるだろう。
(ロゼからこんなに可愛く願い事をされたら、なんでも叶えてあげたくなってしまうな)
妖精に溺れて国を傾けたという王の心情が理解できてしまう。これはよっぽどの自制心の持ち主でないと抗えない。
「仕事もひと段落したから、これからは一緒に夕食を取れるよ」
「ほんとうに!?」
ロゼがぱあっと顔を輝かせて、嬉しそうに私を見つめる。
思わずロゼを抱き寄せて、額同士をこつんと合わせた。
「ロゼも王太子妃の公務のために王宮に来るだろう? その時は私の執務室にも顔を出してほしいな。一緒にお昼の休憩を取ろう」
「お邪魔になるかと思って我慢してたんです⋯⋯今度差し入れを持っていってもいいですか?」
「大歓迎だよ。これからは遠慮せずに何でも話し合える夫婦になろうね」
「はいっ⋯⋯」
「それからロゼ。夫婦の寝室では敬語も敬称も無しって言ったでしょ。忘れちゃった?」
「あ、そうだったわ⋯⋯フェリクス、だいすき」
ロゼはそう言うと、頬に口づけをくれた。
ロゼの方からこんなに積極的な態度をとってくれるなんて初めてだ!
私以外の前では絶対に飲まないように言っておかないと。こんなに可愛いロゼは私だけが知っていればいい。
私はロゼを抱きかかえると、軽い足取りでベッドへ向かった。
「明日は午前中休みを取ったから、今夜はゆっくり二人で過ごそうね。大好きだよ、私のロゼ」
ベッドにロゼをおろして耳元で囁くと、ロゼは頬を赤らめながら「嬉しい」と呟いた。
その日、私は久しぶりに可愛いロゼをたっぷりと堪能した。
(この秘酒は最高にいい仕事をしてくれた。今度イバンに礼を言おう)
後日、結婚祝いと称してジャシル国王から『金獅子の涙』が大量に届いたのは、また別の話だ。




