想い
床でくつろいでいるレオンの背中に乗り、指で耳をつつく。
迷惑そうに耳がぱたぱた動く。その仕草が可愛くて、また同じことをする。
「もうやめてよ!」と言わんばかりに頭だけ振ってこちらをにらみ、小さく「わふ!」と吠えられた。
「ふふふ。こら。あんまりレオンをいじめたらだめよ?」
私たちの部屋から出てきたカリンさんが、笑いながらそうやさしく注意した。
「ロネスたちは寝た?」
カリンさんが椅子に腰掛ける。
フリージアもそちらへ駆け寄り、その隣に腰を下ろしてたずねた。
「ええ。二人ともぐっすりだったわ。少しは元気になれるといいのだけど……。
フリージア、ベッドを貸してくれてありがとね。今夜は私と寝ましょうね」
「そんな、どってことないわ! 私は大人のレディだから当然のことをしたのよ!」
と、なんだか訳のわからない理屈を言ったと思ったら、フリージアは途端に辛く悲しそうな顔になる。
そして囁くような声で、今日二人に出会った経緯をカリンに話し始めた。
「そうだったのね……。突然二人を連れて帰ってきて、助けてって言われたときは驚いたけれど……。そう、あの二人はフリージアに出会えて、本当に良かったわ。
お父さんやお母さんは……いるのかしら?」
フリージアは、小さくふるふると首を横に振った。
「ロネスが、ロンをここまでおぶってきたって。それに、お前までいなくなったらって、言ってたわ。ロネスたちは別の所から来て、お父さんもお母さんも……い、ない、ん、だと思う」
「そう……。そう……」
カリンさんが、私の肩を抱いて引き寄せてくれた。
「ロネス、すごく泣いてたわ……。私、あんなふうに泣いている子を、あんなにお腹を空かせた子たちを見たのは、初めてだったわ」
感情の整理がつかないまま話していると、いつの間にか隣にいたレオンが、私の膝にそっと頭を乗せていた。
カリンは、何かを見つめるようにゆっくりと話し出した。
「ロネスは、あんなに小さな身体で弟を守りながら、ここまで来たんじゃないかしら。
まだ子供で、本当なら親に守ってもらわないと生きていけないのに……それでも弟を守ろうと、必死だったんだと思うわ。
その男たちに立ち向かったようなことも、きっと何度かあったはずよ。
やっと気を張らなくてよくなって、ようやく涙を流せたのかもしれないわね。
つらくて悲しくても、泣くことさえできないなんて……大人でも耐えられないわ。
あの子は、本当にすごく強い子なのよ。
もしよかったら、これからは私たちで、ロネスとロンを守ってあげない?」
フリージアは、身体の奥からぐわっと熱くなるのを感じた。
「いいの!? 本当に?? 私たちみたいなのもいるのに、ロネスとロンもいいの?? 今度は、カリンさんがしんどくならない??」
きっと尻尾があったら、今のレオンみたいにぶんぶん振っていただろう。それくらい、フリージアは嬉しかった。
「もちろんよ。今はフリージアとレオンがお家のことを手伝ってくれるおかげで、子どもが二人増えても大丈夫よ」
いつもの優しい笑顔で、カリンは答えた。
尻尾のないフリージアは、うれしさを全身で表すようにカリンに抱きつく。
レオンは尻尾をぶんぶん振りながら、テーブルの周りを駆け回っていた。
「ふふ。でもフリージア、これだけは覚えておいて。誰かを助ける時は、自分にその人を助ける余裕がある時だけよ。
そうでないと、助けるつもりで自分が無理をしすぎて、立ち行かなくなってしまうの。そうなったら必ず、お互いに不幸になってしまうわ」
「ええ、わかったわ。だから教会も、受け入れる人数に限りがあるって言っていたのね…。
カリンさん、ありがとう。私、明日からもっともーっと頑張るわね!」
「ふふふ。まったくフリージアったら。だから、そのためだけに頑張りすぎちゃダメなのよ。
さあ、明日からはうんと忙しくなるわ。私たちも、そろそろ休みましょう。
レオンのクッションは持ってきてある?」
フリージアもレオンも、我先にとばかりにクッションへ駆け寄り、抱え上げてみせた。
窓ひとつない真っ暗な部屋で、男は手のひらに篝火のような炎を灯し、足元の壊れた魔法陣を見つめていた。
「姉様……どうか、見つからないで。このまま逃げて、生きて……生き延びてください」
消え入りそうな、その悲痛な声は、誰にも届かない祈りのように闇に沈んでいった。
そこへ一人の男が入ってきた。足元のそれに一瞬だけ目をとめたが、すぐに表情を切り替える。
「殿下、こちらにいらしたのですね。この状況です、一人での行動は控えていただけるとありがたいのですが。
捕縛部隊の報告では、王都にはいない様子です。捜索範囲を広げてもよろしいでしょうか」
「そうか、頼む。見つけても傷つけず、私のもとへ連れてこい」
そう言い残し、カイ・メイソン・ロゴノワは部屋を後にした。
ベルナール・モルディスは恭しくお辞儀をした。その姿勢を解くときにはもう、すっかり温度のない目で、去っていく王子の背中を眺めていた。




