兄弟
男の子はロネスと名乗った。
動けない弟のことが気になり、フリージアとレオンはロネスについて行くことにした。
教会からさほど離れていない袋小路。
壁には薄汚れた大きな布が、地面に向かって斜めに張られている。よく見ると、二本の棒を壁に立てかけ、その上から布をかぶせていた。
だが、布は斜めにかかっているだけなので、中はほとんど丸見えだ。雨をしのげる程度で、とても人が寝起きする場所とは言えない。
そう断言できる有様だった。
その三角のスペースこそが、ロネス兄弟の「家」だった。
そこには小さな男の子が横たわっており、少し離れた場所からでも体調が悪いことが分かった。
「ロン。教会からパンをもらってきたよ。起きて食べよう」
ロネスは男の子のもとへ駆け寄り、体を起こしてやった。
フリージアは、この子がロネスの言っていた弟のロンだと気づいたが、目の前の光景に声も出せず、立ち尽くしていた。
フリージアは、ロンの咳き込むような音に、はっと我に返った。
「どうした? 食べられないのか? 少しでも食べよう。お前までいなくなったら……兄ちゃん、どうしたらいいんだよ」
ロネスは涙をこらえながら、祈るようにロンに話しかけていた。
気がつくと、レオンもいつの間にか二人のそばに来ていた。
フリージアも急いで駆け寄った。二人からはひどい匂いがした。
「食べにくいんじゃないの? 一緒に配ってたスープは?」
「あいつらが器ごと持って行った……」
ロネスは噛みしめるように呟いた。誰も言葉を失い、うつむいていた。
「よしっ! 行こう! 家に行こう!」
フリージアは自分を奮い立たせるように、パンッと自分の頬を叩き、握り拳をつくった。
「あのね、私の知り合いのおばさんが薬を作ってるの。そのおばさんはすごく優しくて、なんだかすごい人だから、ロンのこともどうにかしてくれるわ! 行きましょう! 今日は荷車を持ってきてないから、レオンの背中にロンをくくりつけましょう! 急いで!」
いきなり大きな音を立てて自分の頬を叩いたかと思うと、他力本願なことをまくしたてるフリージアに、ロネスは呆然とするしかなかった。
レオンが「わん!」と一声鳴き、地面に伏せる。フリージアの案に乗ったのだろう。
「ロネス! さあ早く! ロンをレオンの背中に乗せて! この布、使っていいわよね? ロンをレオンに巻き付けるわ!」
フリージアは背伸びしながら布を引っ張り始めた。ロネスも言われるままに、ロンをレオンの背中に覆いかぶさるように乗せる。
フリージアが布を巻こうとするが、まったくうまくいかない。
「貸せよ。俺がやる」
そう言うとロネスは、あっという間にロンを布でレオンにくくり付けてしまった。
「ふふふ。やっぱりお兄ちゃんね。さあ、行きましょう! 暗くなるとカリンさんに怒られちゃう! 前に遅くなったときなんて、鬼になっちゃったのよ。悪いけど、ロネスは歩けるよね?」
なんだか不安になることを言っている気もしたが、それでも今は、ロンが助かるかもしれないことのほうがずっとうれしかった。
「当たり前だ! 俺はお兄ちゃんなんだから! ここまでもロンをおぶって来たんだからな!」
ロネスは、泣いているような、笑っているような顔でそう答えた。
「そう。さすがはお兄ちゃんね」
フリージアは泣き出しそうになるのをこらえながら、独り言のようにそうつぶやいた。
「えっ……ここって、迷いの森だよな。この森に入るのか?」
真っ青な顔のロネスが、石の鳥居の下でフリージアに尋ねた。足が一歩も前に出ない。身体が拒否している。本能的に危険だと分かっているのだ。
「ああ、そんな感じの名前だったわね。いちいち森の名前なんて覚えてないわ。さ、行きましょう。森に入ったら家はすぐよ」
その角を右に曲がる、とでも言うような、どうってことのない調子でフリージアが言う。
レオンもスタスタと歩きだし、そのあとをフリージアが早足で森の中へと入っていく。
こんな森の入り口でフリージアたちと離れるわけにはいかないし、レオンの背にはロンもいる。
ロネスは大量の脂汗を流しながら、それでも足を動かし、森の中へと踏み出した。
赤い瞳をした大きな烏が枝にとまっていたが、見なかったことにして、レオンの尻尾をぎゅっとつかみながらついて行った。
そのあとを、ロネスを殴った男ふたりと、その仲間の四人組が尾けて森に入っていった。
レオンは、背中のロンの匂いで鼻が利かないうえに、ロネスに尻尾をつかまれていることにも落ち着かず、まったく気づいていなかった。




