不思議な夢
あの子だ。あの烏だ。真っ直ぐに、私を見ている。
やっぱり会ったことがある。この赤い瞳、そうだ。
そう、このまま森の奥へ、あの子を追いかけていったら――
泣いている男の子がいる。
烏を追いかけていたはずなのに、いつの間にか、私はその男の子の膝を借りて横たわっている。
見上げながら、「泣かないで、私は大丈夫」と言いたいのに、何も言えない。
目が覚めた。いつもの夢だ……。
「わむ、わなむ、わふ」
ベッドの下のクッションで寝ているレオンが、寝言のように何か言っている。
「ふふ。可愛い。大きくなったわね」
思わず声が漏れる。レオンの今の姿しか知らないはずなのに、不思議だ。
自分でも首をコテンと傾げながら、朝の支度に取りかかる。
「カリンさん、おはよう」「わふ」
「おはよう、二人とも」
カリンはいつも早い。もう朝食の支度を始めていた。
私は急いで顔を洗いに行き、すぐに手伝いに加わる。
レオンも、いつの間にか起きてきていた。
倉庫から薪の束をくわえて運んでくる。
今日はパンを焼くって、ちゃんと覚えていたんだ。
楽しみにしていたのね。可愛い。
この家は、扉を開けるとすぐ脇に薪などをしまう倉庫があり、その隣には少し大きめのキッチンがある。
コンロが二口とオーブン、作業台に小さな手押しポンプも揃っていて、使い勝手がいい。
部屋の中央には大きなテーブルが置かれていて、そこで食事をしたり、薬を作ったりする。
この家の なんでもテーブル だ。
テーブルを囲むようにして薬品庫やカリンの部屋、トイレと風呂、フリージアたちの部屋が並んでいる。
部屋のあちこちには、ハーブなどの薬草の鉢植えや、フリージアがいつも摘んでくる花が活けてある。
家の中は、どこを見ても植物であふれている。
朝食をとりながら、今朝見た夢の話をカリンにする
「ああ、時々見るっていう、あの夢ね。フリージアの昔の記憶なのかもしれないわね。その男の子っていうのが気になるわ。いつも泣いてるみたいだけど、かっこいいの?」
カリンはからかうようにフリージアに尋ねる。
レオンの耳がぴくぴくと反応する。
「か、かっこいいかなんて、分からないわよ! いつも泣いてるし……。でも……可愛い顔をしていたと思うのよね」
「ふうん。フリージアは可愛い子が好きなのね」
「なっ! そんなの分からないわよ! もう! 今日はパンを焼くんでしょ! 早く食べて、作りましょう!」
フリージアは顔を真っ赤にしながら、誤魔化すようにりんごにかぶりつく。
いつの間にかレオンがテーブルにあごを乗せて、二人の会話に耳を傾けていた。
思いのほかパン作りが楽しくて、二人と一匹で消費するには到底無理な量が焼き上がってしまった。
カリンと、次回からは量に気をつけましょうと話し合い、焼きすぎたパンは教会に持っていくことにした。
「暗くなる前に帰ってくるのよ」
カリンは、パンがたっぷり入った籠を抱えたフリージアの頭をなでて、送り出した。
カリンは薬作りがあるので、教会へはフリージアとレオンだけで向かう。
今日は週に一度の炊き出しの日だったようで、教会には多くの人が集まっていた。
メイにパンを渡すと、ちょうど良かったと、笑顔で礼を言われる。
手がまったく足りていない様子だったので、そのまま一緒に手伝わせてもらうことにした。
ルドルフは、比較的治安の良い町だ。
それでも内戦の影響か、素行の悪い人は少しずつ増えていた。
ばたばたと炊き出しも終わり、家に帰ろうと教会を出ると、一人の男の子が二人組の男にパンを奪われているところだった。
フリージアは急いで駆け寄り、二人組に怒鳴った。
「何をしているんですか!? その子にパンを返してください!」
男たちはフリージアを追い払おうとしたが、隣で唸っているレオンを見ると、たちまち狼狽えた。
「うるせぇな。こいつが、一人一個のパンをずるして二個もせしめてたから、注意してただけだ!」
「ち、違うよ! さっきも言ったじゃないか。腹減って動けない弟の分だって! お姉さんにもちゃんと話してもらったって言ったじゃないか! 返せよ!」
男の子の顔には、殴られたような痕が残っていた。
レオンはもう我慢できず、「悪くないじゃないか!」と言わんばかりに、「ぐわん!」と大きく一声吠えた。
男たちは悲鳴を上げ、持っていたパンを男の子に投げ渡すと、そのまま逃げ出した。
「大丈夫? 顔……平気? 弟さんが動けないって、大丈夫なの?」
フリージアは、痩せ細ってボロボロになった男の子が心配で、無神経かもしれないと思いながらも、聞かずにはいられなかった。
男の子は、見られたくないように顔をそむけながらも、「ありがとう」と、消え入りそうな泣き声で礼を言った。




