二つの石 2
カイは自室でひとり、指にはめた二つの石を見つめながら、考え込んでいた。
あれから指輪について詳しく話を聞くため、一同は離宮の一室へ移った。
その場にいるのは、鍛錬場にいたフェリミカ、マドルク、カミラ、ベルナール、パトリックだけだった。ほかの者は部屋に近づけないようにしてある。
「フェリミカ。血縁者の力を取り込むとは、どういうことだ。答えによっては、お前を拘束することになるぞ」
フェリミカを問い詰めるような口ぶりになってしまったが、実際それと大差なかった。
「そうですね。少々物騒な言い方ではありますが、まさにその通りでございます。
以前、パトリック様の加護を抑え込めたように、通常であれば、その品に宿る力だけで十分なのです。
ただ、ご存知の通り、カイ殿下の加護は通常のそれをはるかに凌ぐ。とてもではありませんが、力が足りません。
その指輪に宿る力は壮大です。神器に近いものだと言ってよいでしょう。それほどのものであっても、殿下の加護を抑え込むのは困難なのです。
その証拠に、先ほどよりもご自身の内に力が戻りつつあると、もうお分かりなのではありませんか」
フェリミカは、すべて承知している者のように静かに微笑んでいた。
その目だけが、笑っておらずまっすぐ見つめられているだけなのに、ひどく居心地が悪い。
「そこで、先ほどの言葉に戻るのです。
その指輪に別の力を添えることで、殿下の加護を抑え込むことができます。
ですが、その役目はパトリック様やベルナール様では務まりません。同じく強い加護を持つ王族、それも血を分けた者――エレナ王女殿下の力でなければ、殿下の加護は抑え込めないのです。
不敬とは存じますが、国王陛下の加護では少々力が足りません。カイ殿下には及ばぬとはいえ、歴代でも炎の力に優れたエレナ王女殿下の力が必要なのです。
その力を取り込むことで、カイ殿下の雷を抑え込むことができる。……いえ、抑え込むというより、封じると言った方が近いでしょう。
そして、この指輪は、取り込んだ力を己がものとして扱えるようになるのです」
ごくりと、誰かが喉を鳴らした。
それが自分だったのか、他の誰かだったのかもわからない。
部屋はしんと静まり返っていた。
「……あの、そうなりますと、エレナ様はどうなられるのでしょうか。力を奪う、ということなのですよね。
私にはあまり想像がつかないのですが……お身体を悪くなさったりは、しないのでしょうか」
カミラは、奪うこと自体を咎めるでもなく、ただその結果だけを気にかけるように、フェリミカを見た。
「その点はご心配いりませんよ。加護を授かる前に戻るだけのことです。
もっとも、指輪に力を取り込まれた直後は、先ほどのカイ殿下と同じように少々お加減を崩されるでしょう。ですが、それだけです。命に関わるようなことはございません」
フェリミカはにこやかに言い切った。
「まあ。それなら心配いりませんね」
カミラは安堵したように頬をゆるめた。
だが、それで済む話ではない。
次期国王である姉様から加護を奪うなど、王位そのものを失わせるに等しい。
そのことに気づいていないはずがない。
ベルナールも、パトリックも、息を詰めたまま口を開けずにいた。
「でも、それって、王女様が王様になれなくなるってことですよね? だって、カイ様のために加護がなくなっちゃうんでしょう。……それって、やばくないですか?」
マドルクが、場にそぐわぬいつもの口調のまま、核心だけをあっけらかんと突いた。
「そうですね……。私としたことが。殿下のご希望を叶えることばかりに心を奪われ、そんな単純なことにすら考えが及びませんでした。……申し訳ございません」
フェリミカは、いかにも芝居じみた声音で詫びた。
けれどカミラは、それを取り立てるほどのことでもないとでも言うように、軽く受け流す。
「あら、大丈夫ですよ。次期国王に相応しいのはカイ様なのですから。エレナ様では、とてもお務めになれませんもの。きっとリリア様もお認めになります。
火の加護がなくて王位を継げないのではと思っておりましたけれど、これで何の問題もなくなりましたね」
カミラの言葉を聞いた瞬間、胸の底にわだかまっていた姉様への苛立ちが、息を吹き返したように膨れあがった。
このままその感情に引きずられてはならない。
そう自分に言い聞かせ、カイは頭を振って、浅く息を吐く。
「フェリミカ。殿下はお疲れのようだ。この話は、またあらためてとしよう。貴殿はこれまでの功もある。今宵はこちらでゆっくり休むがよい。――殿下、よろしいでしょうか」
僕の異変にいち早く気づいたベルナールが、さりげなく場を切り上げた。
「ああ、それでいい。カミラ、部屋を用意してやってくれ。……それから、言わずもがなだが、この部屋での話は一切口外するな」
「かしこまりました。――ひとつだけ。
その指輪は、外されないほうがよろしいでしょう。外すこと自体は差し支えありません。ですが、その瞬間、抑え込んでいた力が暴れるおそれがございます。
お外しになりたいときは、どうか必ず私どもをお呼びください」
忠告というにはあまりに静かな声でそう告げると、フェリミカはマドルクを連れて部屋を出た。
カミラも、まるで何事もなかったかのように、フェリミカの部屋を用意するため足早に出ていった。
「はあ……。まさか、本当にあんな品を用意するとは……」
カイは、腰かけていたソファに沈み込むようにして、ようやく力を抜いた。
「殿下。はしたのうございますよ」
ベルナールがたしなめる。
だが、パトリックは苦笑してそれをかばった。
「まあまあ、いいじゃないか。あんな話の後だ。こうもなるさ。
しかし、とんでもない指輪ですな。神器という言葉すら、大袈裟には聞こえません。
それに、これがあれば殿下は王位を継承できる。
私は、殿下こそが王に相応しいと考えております。カミラと同じことを申すようで気は進みませんが、エレナ王女殿下に王位を継がせるなど、とても……。
ベルナールの準備も整いつつあります。そんな折にこの指輪が手に入ったのは、まさしく吉兆でしょう。
殿下。もう、決断をなさってもよいのではありませんか」
パトリックは真剣な面持ちのまま、静かに僕へ決断を迫った。
「お前たちには悪いのだが、少し…ひとりにしてくれないか」
カイは先ほどのやり取りを思い返していた。
窓の外から響いた楽しげな笑い声に、ふっと意識が戻る。
「もうすぐカイ様のお誕生日ね。今年は成人なさるし、去年よりもっと豪勢にするって、ベルナール様が張り切ってるみたいよ」
「そうなの? どうしよう、私の贈り物、大丈夫かな……。そんな場には相応しくないかも、迷惑になってしまうかもしれないわ……」
「あら、あの優しいカイ様が、そんなこと思うわけないじゃない。去年だって私たちの贈り物を喜んでくださったし、お礼にって一人ひとりにお菓子とメッセージカードまでくださったでしょう」
「そうね。あーあ。もうさ、あんなにお優しい方が、国王様になれる権利をお持ちでないだなんて、おかしいわよね」
「こら、そんなこと誰かに聞かれたらどうするの。離宮だからまだいいけれど、王城では気をつけなさいよ」
「そうね。ふふ、ごめんなさい。きっとカミラ様に影響されているのね」
そうか。皆、こんなふうに思ってくれていたのだな。
ベルナールも、あれほど忙しいのに、僕のために準備をしてくれているのか……。
今はそんなことを考えている場合ではないとわかっていた。
それでも、長く胸の奥に沈んでいた問いに、ようやく答えが出た気がした。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
連続ですみません。
次回もどうかよろしくお願いいたします。




