二つの石 3
決断してからは早かった。
外に控えていたベルナールとパトリックを呼び寄せ、覚悟を決めたことを告げる。
「僕は王になる。
姉様から火の加護を奪い、継承権を手に入れる。
そうなれば、姉様はもちろん、父様やその側の者たちとも敵対することになる。モルディス公爵家にも――いや、お前たちには、これまで以上に迷惑をかけるだろう。
それでも、僕は決めた。
このまま姉様を次の王に据えれば、ベルナールやパトリック、離宮の者たちは王城の阿呆どもに食い物にされる。
今の僕では、それを止められない。だが、継承権を得て王になれば、お前たちを守れる。
……こんな身勝手な願いで王になろうとし、お前たちを巻き込むのは、間違っているのかもしれない。
それでも、どうか手を貸してくれ」
二人は驚いた様子も見せず、まるですでに承知していたかのように、微笑んで頷いた。
「もちろんでございます、殿下。迷惑など、とんでもございません。
私どもは、そのお言葉をずっとお待ちしておりました」
「ええ、殿下。兄の申す通りです。
それに、あの日お伝えしたではありませんか。
殿下がどのようにお決めになろうとも、私は殿下のおそばにおります」
ベルナールは小さく咳払いをした。
「……もっとも、レベッカの言葉をそのままお使いになるのは、少々いかがかと思いますが」
「お前……レベッカの言葉まで覚えていたのか……」
二人の言葉が嬉しかった。
だからこそ、この二人のためにも王にならなければならないと、心に誓った。
改めてフェリミカに、力を取り込む術について確認し、今後のことを決めていくことにした。
話によれば、姉様から力を奪うには、魔法陣を用いた儀式が必要らしい。
だが、その儀式は、僕が16歳で成人を迎えてから行うべきだという。
「殿下は一見すでに成人されたように見えますが、実のところ、いまだ未成熟にございます。
古い考えとお思いになるかもしれませんが、成人とは、ただ16歳を迎えるということではございません。
加護とは不思議なもので、身体が大きく成長したからといって、それに伴い力が増すわけではないのです。心身ともに成熟してこそ、その力はいっそう強くなります。
たとえ血縁者のものであろうとも、他者の加護を取り込むことは、殿下のお身体に大きな負担をもたらします。ゆえに、それを軽減するためにも、成人を迎え、殿下ご自身の力が十分に満ちた時を待つのが賢明かと存じます」
やはり、まったく負担がないわけではないのか……。
それでも、以前の話では、姉様ご自身に大きな負担はないと言っていた。ならば、その点に限っては安心してよいのだろう。
問題は、その儀式をいつ行うかだった。
継承して霊人となれば、成長は止まる。だから父様は、姉様が心身ともに最も活動しやすい年齢で王位を継がせるつもりなのだろう。そうなれば、継承は十年以上先になる。力を手に入れるのも、本来はその時期に合わせるのが望ましいのかもしれない。
だが、皆の今の状態や僕自身の力のことを思うと、継承の時まで待てそうにはなかった。
皆が思い悩む中、ベルナールが静かに口を開いた。
「殿下が成人なさってから間もない頃が、最もよろしいかと存じます。
殿下は以前より力の制御を切望しておられましたし、仮にご負担が生じたとしても、今の離宮であれば殿下をお支えする備えは万全にございます。
この先、離宮がどうなるかも定かではありません。殿下のためを思えば、むしろ今こそ好機かと」
「言いたいことは分かる。だが、早々に力を奪えば争いを招くぞ。それは殿下も望まれてはいまい」
ベルナールが僕のことを考えてくれているのは嬉しかった。だが、パトリックの意見もまた、もっともだった。
「エレナ王女殿下に、力を奪われたと悟らせなければよいのです。
フェリミカの話では、王女殿下に大きな負担はないとのことでした。であれば、お眠りいただいている間に儀式を執り行えばよいのです。
幸い、王女殿下は定期的に離宮を訪れておられます。その機を狙えばよろしいのです」
「ですが……どのようにしてお眠りいただくのですか。ありきたりな手では、多少なりとも毒への備えがあり、護衛も付いているエレナ様には通じません」
なぜかこの会合に加わっているカミラが、疑問を口にした。
「それには、マドルクの術を使うのです。あなたなら、護衛もエレナ王女殿下もまとめて眠らせることが可能でしょう」
不意に話を向けられ、マドルクは普段見せない、心底意表を突かれたような表情を一瞬だけ浮かべた。だが、それも束の間、すぐにいつもの胡散臭い笑みに戻る。
「ええ〜、俺がそんなことできるって、ばれてたんですか? まあ、できますよ。面白そうですし、やってあげます。
フェリミカ様、それまでここにいてもいいですよね?」
「ああ、もちろんだよ。私たちは殿下の力になりたいのだから。
殿下、その儀式は、ぜひ私に任せてください」
フェリミカの顔には、喜色がありありと浮かんでいた。
「王女殿下は力の訓練をしておられません。確認したところ、普段から力を使っている様子もないとのことです。護衛もついておりますし、あのご様子であれば、うまく運べば数年は気づかれずに済むでしょう。
文献には、加護を授からなかった者が、のちに突如として加護を得た例も記されておりました。それを口実に、頃合いを見て、殿下が火を授かったことを公にしましょう。
仮に疑う者がいたとしても、継承者は殿下ただお一人。受け入れぬわけにはまいりません」
「そうだな。それなら、殿下が火を授かったことにも筋が通る」
パトリックはベルナールの話に納得し、その場の者たちもまた、この案を採ることに異を唱えなかった。
儀式を行う部屋は、完全に日の光を遮っていなければならないらしい。
ただカーテンを閉めただけでは足りず、窓はひとつもなく、扉の隙間から差すかすかな光すら許されないのだという。
そうして、儀式の場は離宮の地下倉庫に決まった。
部屋の手配も、離宮の者たちへの通達も、すべてベルナールが取り仕切るという。カミラもまた、その手伝いを申し出た。
フェリミカには気の毒だったが、儀式が執り行われる日まで離宮に留まってもらうことになった。もっとも、僕のそばにいられるだけで、異様なほど喜んでいるようだった。
右の指に光る二つの石を見つめながら、僕は左手で強く握りしめた。
「皆、当日までは王城の者にも誰にも悟られるな……。そして、協力、感謝する」
「最高だ……最高だぞ!マドルク!
まさか、ここまで都合よく事が運ぶとはな。ようやく神も、私に味方してくれたのだろうか」
フェリミカは、あてがわれた部屋で子供のように浮かれていた。
外に声が漏れぬよう、この部屋にはあらかじめ術を張ってある。
「ちょっと〜フェリミカ様!お顔が戻っておりますよぉ。本当に注意してくださいよぉー。ここで正体が知れたら、すべて終わりですよ」
そう言いながらも、マドルクもまた嬉しさを隠しきれていない。
「ああ、すまない。ロゴノワの火と、あの雷が手に入ると思えば、平静ではいられん」
フェリミカはワタワタと顔をもみほぐす。
「だが、ベルナールが王子の成人後にと言ってくれて助かった。正直、それがぎりぎりだったろう。ここ数年、王女の周囲をうまく惑わせ、王女自身を何もできぬ、何もしない愚か者に仕立ててきたが、それも限界に近い。
そろそろ、王女を……あるいは王子を導くために、杜から神霊どもが降りてくるだろう。幸い、あとひと月もすれば王子は成人する。奴らが来る前に決行できるのは実に都合がいい。
それに……最近は王城に大烏が飛んでおる。
王女を見定めているのかと思ったが、どうも違うようだ……王子でもないようだが……。
まあ、あれが王子に気を取られる前に決行できそうなのも好都合だな」
少し落ち着いたのか、フェリミカはソファに腰を下ろし、あの底意地の悪い笑みを口元に浮かべていた。
「えっ、あの大烏って、ただの烏じゃなかったんですか? 危なっ。捕まえてペットにしようとしてました。
……それより、その右腕は大丈夫なんですか?
デニス様のものじゃありませんよね?」
マドルクが、いつになく真剣な――いや、心配しているのか…。
デニスは一瞬驚いた。しかし、自分を気遣うその様子が思いのほか心地よかったのか、ふっと笑みを漏らし、マドルクの頭を撫でた。
「心配はいらないよ。あの力が手に入るなら、右腕の一本や二本、惜しくはない。
……あの二つの石が灯るのが待ち遠しいな」
デニスは恍惚とした表情で、窓の向こうに広がる空を眺めていた。
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