稲妻の憂鬱 1
「ねぇ、カイ。最近、あなたのところに商人が出入りしているそうね」
いつものように姉様に押しかけられ、一緒にお茶をしていると、唐突にそんなことを尋ねられた。
商人が訪れること自体は、さほど珍しくない。けれど、姉様が気に留めるほどのことなのだろうか。真意を測りかねたカイは、「そうです」と無難に答える。
「やっぱりね。あなたの望むものを用意するために、何度も通っているのでしょう。何か特別に欲しいものがあるの?」
姉様はそこで寂しそうに声を落とした。
「14歳のお誕生日も、お祝いできなかったでしょう。……だから、せめて15歳のお誕生日には、カイの望むものを贈りたいのに。欲しいものがあるなら、私に言ってくれればいいのに」
拗ねたように唇を尖らせながら、姉様はティースプーンで紅茶を静かにかき混ぜる。
ああ。姉様は、僕の誕生日のことを気にしていたのか。14歳も15歳も、王城での祝いを断り続けているから、それで拗ねているのだろうか。
カイはそんな見当違いなことを思いながらも、姉への礼を欠かさなかった。
「姉様。そんなにも僕のことを思ってくださって、ありがとうございます。そうして気にかけてくださる家族がいるだけで、僕は十分幸せですよ」
姉様は傷ついたように目を伏せ、どこか寂しげに「そう……」と返したきりだった。
姉様の表情は少し気にかかった。けれど、それよりも、姉様がそこまで知っていることのほうが引っかかった。誰が話したのかと考えるまでもなく、思い当たる相手はひとりしかいない。――あのエルフだ。軽率なことばかり口にする男の顔が、脳裏に浮かぶ。
フェリミカは、初めて離宮を訪れた翌日には、マドルクというエルフの男を連れて再びやって来た。
話によれば、くだんの魔法道具は手に入るまでにかなり時間がかかるらしい。それまで加護の制御を助ける役目として、このエルフをここに置いていくのだという。
聞けば、このマドルクという男は魔法使いらしい。フェリミカがミキラオで彼と知り合った頃、マドルクは獣人たちに加護を制御する術を教えていたという。その力を見込んで、フェリミカは魔法を使った商品開発にも協力してもらったらしい。そうして紆余曲折を経た末に、今では一緒に商売をしているのだと語っていた。
なんとも胡散臭い話だったが、ベルナールもパトリックもそういうものだと言うので、市井ではそのように商いをするものなのかと、ひとまず納得することにした。
ただ、マドルクは本物だった。
初めてフェリミカとここへ来たとき、力を確かめるため、一度何も気にせず雷を放ってみてほしいと言われた。
「は……? お前、自分が何を言っているのかわかっているのか。
駄目に決まっているだろう!!
私自身、どれほどの被害が出るのかわかっていないのに……そんな状況で放てるわけがないだろう!!」
こいつは馬鹿なのか。
ベルナールも、パトリックもいる。ほかにも離宮の人間たちがいる。
もし誰かが傷ついたらどうする。
いや、違う………。
本当に怖いのは、そこじゃない。
皆がまた、あの日のような目を私に向けることだ。
あんな視線を…今度こそ私は…耐えられない………。
ぎゅっと目を閉じていると、フェリミカが、それまでとは違う落ち着いた声で、まっすぐ僕を見て言った。
「殿下。大丈夫です。皆様には下がっていただきましょう。誰も傷付きません。もちろん、殿下が傷付くことも万に一つありません。どうか、此奴の言う通りになさってみてください。マドルクは強いですから」
まるで信用できない言葉だった。
それなのに、先ほどまでの胡散臭さが消えていて、不思議と――今は本当のことを言っているのだろう、という気がした。
ひとつ、息を吐く。
「わかった。お前も下がれ」
「私は大丈夫です」
そう答えたフェリミカの顔には、もう先ほどまでの胡散臭い笑みが戻っていた。
……まあ、もういいか。
いつもの鍛錬場にいるのは、カイとフェリミカ、それにマドルクの三人だけだった。
少し離れた休憩小屋には、ベルナールとパトリックが、不安そうに控えている。
気にせず放てと言われても、そんなことは一度もしたことがない。
どうすればいいのかと迷っていると、マドルクが鍛錬用の丸太をひとつ運んできて、目の前に置いた。
これに向かって放つつもりでやってください。ということらしい。
何だ、それは。
よくわからないが……やるしかない。
いつもは必死に押し込めているものにそっと手をかけるような。
箱の蓋を開けるような、そんな感覚だった。
閉じ込めていた内側のものを、丸太へ向かって解き放つ。
すると、鈍い轟音とともに、黄金の稲妻が丸太はおろか周囲へまで荒れ狂うように迸った。
「素晴らしい!だが、これ以上があるはずだ!」
フェリミカのそんな声が、遠くから聞こえた気がした。
けれど、僕はそれどころではなかった。
止まらない。止められない。
どうすればいいのかわからない。
焦りに呑まれるほど、稲妻はなおさら激しく、大小入り乱れて放たれていく。
怖い。
たまらず目を閉じる。
このままでは、またひとりぼっちになってしまう。
「貴様ら、いい加減にしろ!」
遠くで、ベルナールの声が聞こえた気がした。
はっとして目を開ける。
すると、休憩用の小屋からベルナールとパトリックが飛び出してきていた。
駄目だ。危ない。
二人を止めてもらおうと、フェリミカとマドルクを見る。
そのとき一瞬、マドルクがというより、フェリミカが稲妻を防いでいるように見えた。
だが、僕の視線に気づいたのか、マドルクがすぐにこちらへ駆けてくる。
そしていくつもな風の渦のようなものの中へ、次々に雷を封じ込めていった。
その光景は異様で、どこか不気味で、僕は愕然とした。
呆気に取られているうちに、いつの間にか稲妻は止まっていた。
いや、止まったのではない。止められたのか。
よくわからない。けれど、フェリミカにもマドルクにも、恐れた様子はまるでなかった。
それよりも、二人とも昨日のフェリミカとまったく同じ顔をして、早口で称賛の言葉を並べている。
本当に、何を言っているのかよくわからない。
ただ――
「誰も傷付かなくて、よかった……」
ぽつりとこぼれたその声は、荒れ果てた鍛錬場にひどくよく響いた。
かなり立腹しているベルナールとパトリックなど意にも介さず、マドルクは、いつの間にか座り込んでいた僕へ手を差し伸べた。
「カイ様。お疲れさまです。いやあ、本当に美しい力でした。まあ、あれくらいなら俺が抑えられますわ。
でも、どう制御するのかは、よくわかんないんですよねえ。雷は初めてなんで。
まあ、殿下がお望みなのは、抑え込む方法ってことですよね。そこはどうにかできますんで、安心してもらって大丈夫です」
へらへらと、無礼なことを次々に言う。
こんな奴は初めてだ。
怒るより先に呆れていると、その向こうに、怒り心頭といった顔をしたベルナールが見えた。
「貴様ら、不敬だぞ! 誰に向かってものを言っている! 勝手に殿下に触れるな! 殿下、この者どもは危険です。王族を愚弄した罪により、即刻処刑なさるべきです!」
ベルナールは、僕の手を取っていたマドルクの手を勢いよく払いのけながら、物騒なことを言い放つ。
だが、その目は本気だった。
「ベルナール、大丈夫だ。落ち着け。誰も傷付いていないだろう。
たしかに、この物言いには考えるところがある。けれど、此奴の力が本物だったのも事実だ。
お前たちも信用していたではないか。少しぐらい、様子を見てもいいんじゃないか」
ベルナールは険しい顔のまま、やがて渋々と頷いた。
それからというもの、カイはマドルクに力の制御を学びながら、数ヶ月に一度フェリミカが持ってくる魔法道具を試した。
だが、結末はいつも同じだった。道具は壊れ、また新しいものが運ばれてくる。その繰り返しだった。
ここ一年のことをぼんやり思い返しているうちに、また姉様の話を聞き逃していた。
「カイ様ぁ。王女様のお話は、ちゃんと聞いてさしあげないと可哀想ではありませんかぁ。さっきも見当違いなことを言って突き放してましたし。まったく、ベルナール様はどういう育て方をなさったんですか?」
つい先ほどまで思い返していたマドルクに、面と向かってそんなことを言われる。
咎めるというより、ほとんど侮辱ではないか。
「身の程をわきまえなさい。お前ごときに憐れまれる筋合いはない」
低く鋭い声でそう言ったのは、姉様だった。
ああ、もう、なぜこいつがここにいるんだ。来るなと言っておいたのに、いつの間に入り込んだ。
カイは頭を押さえながら、姉をなだめるように言った。
「姉様、不快な思いをおかけしてしまい、申し訳ございません。こやつのことは、私の方できつく叱っておきます」
「ちぇー。せっかくフェリミカ様が来たから、呼びに来てやったのに」
マドルクは唇を尖らせながら、ここへ来た用件をようやく告げた。
「わかった。わかった。
姉様、誠に申し訳ございません。この件につきましては、あらためてお詫びに参ります」
そう言うと、カイは半ば逃げるようにマドルクたちを連れて席を離れた。
エレナがなお不満げな顔をしていたのは、言うまでもない。
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