少しの変化
姉様の引きこもり騒動以来、離宮での暮らしには少し変化があった。
父様から、王城に戻ってもよいことと、姉様に会ってもよいとのお許しが出たのだ。
だが、離宮での暮らしは思いのほか性に合っていて、今さら王城に戻りたいとは思えなかった。
力を制御できるようにはなっていたが、王城にはいまだに僕を恐れる者が少なくない。
わざわざ戻りたくもない場所へ戻って、怯えられるのも煩わしい。僕は離宮に残ることにした。
父様もそれを受け入れてくださり、せめてもの気遣いなのか、離宮を整える名目でこちらに回す予算を増やしてくれた。
離宮の皆には迷惑ばかりかけていたから、その分を少しでも還元できたことが、素直にありがたかった。
姉様に会ってもよいと許しが出たが…
もっとも、あの騒動の折に一度顔を合わせている。今さらではないかと思ったが、ベルナールによれば、対外的には必要なことらしい。
面倒だ。とこぼした途端、王族としての自覚がどうこうと、長々しい説教が始まったのは言うまでもない。
弊害と呼ぶべきかはためらわれるが、それ以来、姉様が定期的に離宮へ押しかけてくるようになった。
数年前の自分なら、きっと歓喜していただろう。
だが今は、少しだけ、ほんの少しだけ、うんざりしている。
これを姉離れと呼ぶのなら、そうなのかもしれない。そんなふうに、胸の奥に沈む暗い気持ちを押し込めていた。
「もうすぐカイも14歳になるのね。感慨深いわ。あんなに小さくて可愛かったのに、今では私の背も追い越してしまったんだから」
いつものように押しかけてきた姉も、もう15歳になっていた。僕もそうだが、姉様はこの数年でずいぶん大人びた。昔から美しかったが、その美しさはいっそう深みを増している。陽の光を受けて輝く深紅の髪は、どこか神々しくさえ見えた。
あと一年もすれば成人だ。きっと、もっともっと綺麗になるのだろう。そんなことを、僕はどこか他人事のように思っていた。
「カイ、聞いているの?」
ぼんやりしていた。最近忙しかったせいか、つい意識がそれていたらしい。
「すみません。姉様があまりにお綺麗で、見惚れていました。なんのお話でしたか」
姉様は、真紅の髪に負けないほど顔を赤くした。何かをぼそぼそと呟いたかと思うと、次の瞬間には、急に声を張り上げる。
「あなたも、そういうことを言うようになったのね。……もう!あなたの誕生日のことよ。今年こそ宴を開きましょう。お父様から許しをもぎ取ってみせるわ」
「前にも申し上げましたが、僕はそういうことは得意ではありませんので、どうぞお気になさらず。でも、姉様のお気持ちは嬉しいですから、それだけいただきます」
今さら祝いの宴など、まっぴらごめんだった。
王城でなど…悪夢のようなあの祝福の儀を思い出させる…。
「そう……。あなたがそう言うなら、分かったわ。ねえ……いつまで離宮にいるの。もう王城に戻れるのでしょう。ここにいると、あなたも何かと不便でしょうし、また王城で一緒に暮らしましょうよ」
姉様は少し悲しげな顔で、左手のブレスレットをそっとさすった。
不安なときに出る癖だ。
「気にかけてくださって、ありがとうございます。でも、僕はここでの暮らしに満足しています。父様にもそのことはお話しして、承諾をいただいています。ですから、心配はいりませんよ」
「そういうことじゃないのよ……。
あなたと、あの頃みたいに、また王城で暮らしたいのよ……」
姉様はとても寂しそうに呟いた。
いつから、こんな姉様の姿を見ても胸が痛まなくなったのだろう。
姉様の優しさに、胸が熱くならなくなったのだろう。
ぐちゃぐちゃになった姉様を見たとき、僕のことを思ってくださっていたのだと、たしかに嬉しかった。
けれど、それだけだった。
嬉しくないわけではない。
ただ、もう以前ほどではないのだ。
気づけば僕の心は、一歩引いたところにあった。
「カイ殿下。そろそろお時間が……」
また僕がぼんやりしているのに気づいたベルナールが、さりげなく助け舟を出してくれた。
「え?何か予定があるの?」
「ええ。この後、モルディス公爵夫人にお会いするんです」
実際はもう少し後の時間だが、その予定が入っていたので、僕も淀みなく話を合わせることができた。
「そうなの?前々から夫人にはお会いしたかったのよね。私も同席させて」
「えっ…」
しまった。 予想外の返答に、思わず拒む気持ちが声に出てしまった。
ちらりと姉上をうかがうと、眉はつり上がり、口元は不機嫌そうにへの字に曲がっている。
はあ……面倒だな。
「エレナ様、いい加減になさいませ。これ以上は、カイ殿下のご迷惑です」
コリンナが僕の気持ちを汲んで、きっぱりと姉様に退出を促してくれた。
昔は僕を嫌っていた彼女が、あの騒動以来、こうして僕を庇ってくれることが増えた。
やがて姉様は不満げに帰っていった。
……疲れた。
「殿下。お疲れのようですね。母には日を改めていただきましょうか」
「そうですよ。最近は公務もこなしていらっしゃいますし、お疲れも溜まっているはずです。ベルナールの言う通り、母には別の日にしてもらいましょう」
僕の疲れた様子に気づいたベルナールとパトリックが、心配そうに声をかけてくれる。
姉様の一件にも気づいてはいるのだろう。けれど、王族のことに二人が口を挟めるはずもなく、かえって気を遣わせてしまっているようだった。
「いや、大丈夫だよ。それに夫人は、加護のことで紹介したい人がいると言っていたし、僕も会ってみたかったんだ」




