家族への拝謁 1
離宮に籠るようになってから、三年が経った。
13歳になった今も、雷を放つほどの加護は使えない。けれど、力を外に漏らさず抑えることは、どうにか身につけつつあった。
それもこれも、ベルナールをはじめ、離宮の皆のおかげだった。
「殿下。稽古の最中に考え事とは、ずいぶん余裕がおありですな」
その声と同時に、がん、と木剣が打ち据えられる音が響いた。
気づいたときには、握っていた木剣は背後へ弾き飛ばされていた。
「うわっ」
勢いのまま後ろへ倒れ込み、盛大に尻もちをつく。
「いてて……パトリック、少しは手加減してくれよ」
差し出された手を取ると、そのままぐいと立たされる。
「何をおっしゃいます。殿下が集中しておられなかったせいですぞ」
ベルナールと同じ橙色の瞳をしたこの男は、モルディス公爵家次男のパトリック。
ベルナールより赤みの強い茶髪を背中まで伸ばし、後ろでまとめている。
モルディス公爵夫人が離宮に出入りするようになってから、護衛としてつけられたのがパトリックだった。
公爵家の中でも火の力の扱いに優れ、近衛騎士団に所属するほど剣の腕も立つ。
雷そのものの扱いは分からなくても、加護の力を抑え込む術を身につけられたのは、彼の助けがあってこそだった。
「さあ、もう一本ですぞ。このままでは、また以前のように兄上に叱られてしまいます」
僕が立ち上がり、木剣を握り直すのを確かめると、パトリックは力強く微笑んで、悪魔のようなことを言う。
「ええ……。もういいよぉ……。ゲイルには僕から言っておくからさぁ……。今日は終わりにしよう」
長男のゲイルは、近衛騎士団の副団長に昇格していた。
忙しい身でありながら、合間を見つけては離宮に足を運び、僕の様子を見に来てくれる。
モルディス公爵も、折に触れて立ち寄ってくれていた。
公爵家の皆は優しい。
気づけば、そうした温かさに甘えていた。
本当の家族のようだと、思ってしまうほどに。
「殿下! 兄上!」
背後から、聞き慣れた男の声が飛んだ。
「ベルナール! よく来てくれた! お前は僕の救世主だよ」
僕は木剣を構えたパトリックから逃れるように、ベルナールのもとへ駆け寄る。
「殿下、何をふざけているのですか。
兄上、きちんと稽古をなさっていたのですか。またゲイル兄様に助言をいただきに行かねばなりませんかね」
眼鏡の奥からパトリックを睨むその顔は、今やベルナールのほうがよほど悪魔じみて見えた。
「それは本当に勘弁してくれ。――それよりベルナール、何かあったのか。殿下への用事か?」
パトリックが手を振って降参の意を示しながら尋ねる。
すると、ベルナールの表情が一気にかげる。
その様子に、先ほどまでのふざけた空気は消え、パトリックの表情も引き締まった。
「殿下。陛下より、早急に王城へ参るよう仰せつかっております」
ベルナールは、僕が動揺しないか案じているのか、険しい表情でそう告げた。
あの祝福の儀から、三年。
気づけば、バチ、バチと、体のあちこちから小さな稲妻が弾けていた。
「殿下!」
パトリックが慌てた声を上げる。
僕は手でそれを制し、ひとつ息を吐いた。
「ふう。大丈夫だ。……わかった。すぐに支度をする」
執務室に通されたのち、その奥にある小さな謁見室へ案内された。
三年ぶりに目にした父上は、少しやつれているように見えた。
「陛下。お呼びにより参りました」
「久しいな、カイ。そんな他人行儀な挨拶はよせ。親子ではないか。息災だったか」
腹が立った。
三年。いや、生まれてこの方、ろくに見向きもしなかったくせに、親子だと。
ふざけるな。
けれど父への怒り以上に、その言葉を嬉しいと思ってしまった自分が、何より腹立たしかった。
「ありがたきお言葉にございます。モルディス公爵家のご助力もあり、不自由なく過ごしております」
カイは奥歯を噛みしめるようにして、その返答を絞り出した。
「それは何よりだ。背も伸びたようだし、加護も抑えられるようになったと聞いている。こうしてまたお前と話せることを、嬉しく思う」
カイは、なんと返せばよいのかわからなかった。
怒りのためではない。父と、これほどまでに言葉を交わしたことがなかったからだ。
返事をしない私を見て、父上はほんのわずかに悲しげな表情を浮かべたように見えた。
いや、気のせいだろう。
「実は、今回お前を呼んだのは、エレナのことだ」
姉様の名が出た瞬間、反射的に顔を上げてしまった。
父上から接触を禁じられていたとはいえ、薄情にも三年ものあいだ何の音沙汰もなかった姉だ。
それなのに、まだ慕っているのかと、自分でも呆れる。
「姉様が、どうかされたのですか」
そんな私の表情を見て、父上はかすかに微笑んだ。
それから目を伏せ、言葉をひとつひとつ吐き出すように、ぽつり、ぽつりと語りはじめる。
「あの日から、エレナは塞ぎ込むようになった。これまで続けていた加護の訓練も、王となるための教育も、身が入らなくなった。とくにここ一年はひどい。部屋から出ない日も多い。あの拾ってきた白い者を護衛につけても、外へ出ようとはしなくなった」
あの日とは、三年前の祝福の儀のことだろう。
話している間、父上は苦しげに眉を寄せていた。
そして一度息を置くと、今度はこちらを縋るように見つめてくる。
「もう、お前しかいないのだ。私では駄目だった。あやつでも駄目だ。カイ。エレナを救ってくれないか」
父上との拝謁を終えたあと、カイはベルナールとパトリックだけを伴い、その足で姉エレナのもとへ向かっていた。
虫のいい話だった。
大切な娘を救ってくれと、これまで放置してきた息子に頼むなど。
あれほど苦しく、悲しい思いをしたというのに、父上は救ってなどくれなかったのに。
「殿下……」
いつの間にか足を止めていたらしい。
自分でもわかる。稲妻こそ漏れていないが、目には雷が宿っているのだろう。
ベルナールが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫だ。付き合わせて悪いな。行こう」
そうだ。
私にはモルディス公爵家の人々がいて、離宮にも支えてくれる者たちがいる。
今さら父上や姉様のことで、心を乱されてはいけない。
カイはかぶりを振ると、再び前を向いて歩き出した。
だがその思いは、エレナの姿を目にした瞬間、無惨に打ち砕かれた。
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