神鳴り 3
ここはどこだ。
あれ、僕は……誰だ。
きょろきょろと辺りを見渡す。そこは、ただ白い空間だった。
「カイ。こっちよ」
そうだ。僕はカイだ。
祝福の儀で――いや、どうしてこんなところにいる。
混乱に、頭を抱える。
「おいで」
顔を上げると、白い靄の向こうに石の鳥居があった。
その上には、大きな、大きな黒い烏がとまっている。
ここは、どこなんだ。
ごくりと喉を鳴らし、鳥居の先へ向かう。足元は石だった。
「教会……? いや、違う……木だ」
進んだ先にあったのは、木の家のような見たこのない建物だった。
扉は閉ざされ、その前の階段に誰かが座っている。
黒く長い髪。女性だろうか。
額からは白い紙のようなものが垂れ、顔を隠していた。
すると、先ほどの烏が、女性を守るようにその前へ降り立った。
あまりの大きさに、カイは足を止める。
「この子は怖くないわ。本当は中から話すようにと言われていたのだけれど、あなたに会いたくてね」
その声は、不思議なくらい安心した。
胸の奥がほどけるようで、カイは泣きそうになる。
どうしてなのか、自分でもわからなかった。
「あなたに授けるものは、きっとあなたを苦しめるでしょう。けれどそれは、多くの子らを護るための力。あなただけに与えられた、大切な責務です。励みなさい」
厳かに授けられたその言葉の意味を、カイはまだ理解できなかった。
ただ呆然と立ち尽くしていると、その女性が困ったように、くすりと笑った気がした。
次の瞬間には、もうそのひとは目の前にいて、やさしくカイを抱きしめていた。
母親の温もりとは、このようなものなのだろうか。
抗う気にもなれず身を預けると、頭をひと撫でされる。
それを最後に、ぬくもりはするりと遠ざかっていった。
「もう戻らないと。椿は悪い子ではないけれど、少し乱暴ね。きっとここでのことは忘れてしまうわ。でも、ちゃんと覚えてもいるの。目を開けなさい」
カイが目を開けると、誰かに乱暴に肩を揺さぶられていた。
イフタリマ国王陛下とともにいた、大柄な男の人だった。
まだぼんやりしたまま、カイは自分がどこにいるのか、うまく呑み込めずにいた。
そのひとは、カイの顔を覗き込むと、うれしそうに目を細めた。
「おお、瞳に雷が灯っとる。見事だのう。ワシでも初めて見たわい。いいのう、いいのう」
「え……。雷……? 炎ではなく……?」
その瞬間、カイの意識は一気にはっきりした。
だが次の瞬間には、激しい動揺が押し寄せる。
混乱はすぐに恐怖へと変わった。
ロゴノワの王族である自分が、姉様や父様や国民たちと同じ炎を授からなかった。
その事実を悟った途端、さっと血の気が引いていくのがわかった。
周りは騒がしかった。
けれど、そのざわめきはカイの耳には入らない。
ただ一人の声だけが、身をすくませるほど鮮明に響いた。
「今のは……なんだ……」
父様が、足元もおぼつかないままこちらへ来る。
「お前は……何なのだ。ロゴノワなら……息子なら……火を……炎を授かるはずだ。カイ……やはり、お前のせいなのか……リリアが死んだのは……」
声は、かすれていて、小さかった。
けれど部屋はしんと静まり返っていて、そのひとこと、ひとことは残酷なほどよく響いた。
「ロゴノワ国王よ、そのようなことはあるまい。たしかに雷は珍しい。だが、それと奥方の死を結びつけるのは早計だ。いたずらに事を荒立てるな」
イフタリマ国王陛下が、自分を庇ってくれている。
それが嬉しいはずなのに、父様の言葉はなおも頭の奥に響いていた。
カイ自身も、どこかで同じことを思っていたからだ。
母様の死は、自分のせいなのではないか。
その考えは、ずっと胸の底にあった。
カイを産むそのとき、王城では万全の備えが整えられていた。
それなのに、母様は亡くなった。
こんな異質な子を産んだからではないのか。
そんな疑いが、カイの中にも、父の中にも芽生えている。
そしてそれは、イフタリマの二人を除けば、この部屋にいる誰の胸にも、少しずつ広がっていた。
やがて疑念は、確信へと変わろうとしていた。
「申し訳ないが、これはロゴノワの問題だ。イフタリマ国王陛下には、お口添え無用に願いたい」
父様はなおも僕を睨んだまま、冷たく言い放った。
イフタリマ王の隣の男は深いため息をつき、呆れたように口を開く。
「くだらんな。話にならん。坊、無駄だ」
「だが……10歳の幼子に、これほどの仕打ちは酷すぎる」
イフタリマ国王陛下は苦しげにそう言った。
そこには、ただの義憤ではない痛みが滲んでいた。
母様を死なせたのは自分だ。
そのうえ今度は、ロゴノワとイフタリマの関係まで悪くしてしまう。
カイはもう、冷静ではいられなかった。
すべてが自分のせいで壊れていく。
そんな考えに呑まれ、身動きもできない。
そのとき、カイの感情に引きずられるように、
バチッ、バチッ、バチッ――
身体の内から、雷が迸った。、
何かが自分から漏れ出しているのはわかる。
だが、混乱しきった頭では、どうにも抑えられなかった。
「こりゃいかん!」
イフタリマ王のそばにいた男が、とっさにカイを包むような膜状の結界を張る。
結界は徐々に縮まり、荒れ狂う力を押し込めるようにして、最後にはそのままカイの中へ沈んでいった。
「ふぅ。もう大丈夫だ。あとは制御できるように特訓せんとな」
男はけろりとした顔で笑い、カイの頭をぐしゃりと撫でる。
「え……」
カイは呆然と立ち尽くし、自分がひどく恐ろしいものになってしまったように思えた。
見渡した先には、目を見開いて息をのむ父たちの姿があった。
そしてその向こうに、怯えと恐怖に顔をこわばらせた姉の姿もあった。
「姉様……」
大好きな姉へ縋るように手を伸ばす。
だが、その姉は一歩退いた。
さらに姉を守るように、護衛と父がカイの前に立ち塞がる。
「あ……あっ……。ベルナール!ベルナール!ベルナール!ベルナール!ベルナール!ベルナール!」
カイは頭を抱え、何も見たくないと俯いた。
狂ったように、ただ一人の味方であるベルナールの名を繰り返し呼んだ。
ベルナールが駆け寄ると、ためらいもなくカイの肩を抱いた。
まるで最初から、そうする役目は自分にあると決めていたかのように。
「殿下。大丈夫です。少し休みましょう」
エレナははっとして我に返り、慌てて呼びかけた。
「カイ、ごめんなさい。違うの!」
だが、もうその声は届いていなかった。
大切な弟だった。
自分が守るのだと、ずっとそう思っていた。
けれど今のカイの目は、何も見ていないように虚ろだった。
その意識は、ただベルナールだけに縋っていた。
この話はカイの章で一番書きたかった話です。
読んでいただき嬉しいです。ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。




