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ある世界のおとぎ話  作者: 北沖
カイ・メイソン・ロゴノワ

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神鳴り 2

ベルナールが儀式の間に入るのは、これが初めてだった。

カイもまた同じであるはずだったが、一般の祝福の儀を経験しているベルナールには、王族のためのそれが随所で異なるものに見えた。


部屋の内装は、教会と同じく床も壁も天井もすべて木造りだった。

しかも使われているのは、王城も同じく迷いの森の木であるらしい。


部屋の奥には、固く閉ざされた扉があった。

供えられているもの自体は、ほかと比べてそれほど大きく違うようには見えない。だが、その中にひとつだけ、異様なほど強く目を奪うものがあった。


扉の前には供物を置く棚があり、そのさらに上に、もう一段だけ小さな棚板が設けられていた。

そこに安置されていたのは、四方を銅金具で留められ、透明な板をはめ込まれた箱だった。

銅金具には精緻な細工が施されており、人の頭ほどの大きさのその箱の中では、炎が赤々と燃え上がっている。

どのような仕組みなのかは見当もつかなかったが、銅の装飾と箱の内で揺らめく炎は、息をのむほど美しく、ひとつの芸術品のようでもあった。


この炎は、王家に受け継がれてきた力というより、ロゴノワ王国の始祖に由来する力なのだという。

それほど大切なものを無造作に置いておいてよいのかと思ったが、あの箱にはそれ自体の意思が宿っているのか、継承者以外は触れることができないらしい。

資格のない者が手を伸ばしても、箱はそこにあるはずなのに、どうしても届かない。そんな不可思議な現象が起こるのだという。


祭壇に並ぶ左右の鈴と中央の大鈴は、配置も造りも、教会で目にするものと大きな違いはない。

しかし王城のものは、鈴そのものに精緻な細工が施されており、これもまた見事な芸術品であった。

部屋の壁には、祭壇の左右の鈴を縮めたような小鈴が三つひと組で掛けられ、そこから白布が垂れている。それらは大人の腰ほどの高さに、等間隔に吊るされていた。


その祭壇の前では、白い礼服に身を包んだカイ王子殿下が、静かに膝をついていた。

端正な容姿も手伝って、その姿はひどく神秘的に映る。

壁際に控えていたベルナールは、無意識に息をのんでいた自分に気づき、わずかに目を見開いた。

冷遇されているとはいえ、やはり王族は自分たちとは違う。そう思わずにはいられなかった。


ロゴノワ国王陛下、エレナ王女殿下が席に着き、列席者がすべて揃ったのを見届けて、祝福の儀が始まった。

通例どおり、斎主が白い皿に水差しから水を注ぎ、カイ殿下がそれを飲み干す。


ちりん。ちりん。ちりん。


斎主は鈴なりを鳴らしつつ、祝福の詞を厳かに述べた。


「掛けまくも畏き、我らが母とまします全能の光の女神、ルクシアーナ大神。

ここに在りしこの者、御子ら御民を導きゆく務めを負ひたるゆゑ、その身を健やかに、心を惑ひなく、道を違へず行かしめ給はむため、祝ひの御業を授け給へ。

尊き御光をもて守り給ひ、導き給へ。かく畏み畏みも白す」


驚いたことに、飾りと思われた壁の鈴までもが鳴り始めた。かなりの音量であるはずなのに、少しもうるさくない。むしろ、どこか心地よささえあった。

ベルナールは、ここがもはや現世ではないのではないかと、かすかな恐ろしさを覚えていた。


バチッ、バチ、バチ。

気のせいだろうか。

何かがはじけるような、小さく鋭い音が聞こえた。


ベルナールは辺りを見回した。

そう感じたのは彼だけではなかったのだろう。誰もが、音の出どころを探るように視線を巡らせている。


その音の発生源がカイ殿下だと知れた瞬間、部屋中の鈴がけたたましく鳴り始めた。

それは斎主の鈴なりに呼応したのではない。

まるで己の意思をもっているかのように、鈴という鈴が鳴き狂っていた。


異様だった。

王族の祝福の儀とはこのようなものなのかとベルナールは驚いたが、どうやら違うらしい。


ロゴノワ国王陛下も、エレナ王女殿下も、驚愕を隠せずにいる。

その視線の先では、カイ殿下が先ほどと変わらぬ姿のまま、目を閉じ、静かに手を合わせていた。


だが次の瞬間、バチンッ!とひときわ大きな音が弾けた。

カイ殿下の髪が逆立つように揺れ、全身から幾筋もの黄金の稲妻がほとばしる。


護衛たちはとっさにロゴノワ国王陛下とエレナ王女殿下の前へ立ちはだかり、側近たちは退出を促す。

それでもエレナ王女殿下は、カイ殿下から目を離さない。今にも泣き出しそうな面差しで、その場を動こうとしなかった。


斎主は怯えたように後ずさったかと思うと腰を抜かし、その場に尻餅をついた。

稲妻が走るたび、室内を満たしていた緊張は、じわじわと色の濃い恐怖へと変わっていく。


そのさなか、イフタリマ国王陛下の傍らにいた大男が、不意に立ち上がった。

目を爛々と輝かせ、カイ殿下のもとへ、臆する様子もなくずんずんと歩み寄っていく。


「素晴らしい!これほどの加護を授かるとは!もはや人の身とは思えぬな。のう、サムエル。お前以来ではないか」


先ほどまでの気怠げな表情が嘘のように、その瞳は強い光を宿し、ただ嬉しそうにカイ殿下を捉えていた。

イフタリマ国王陛下は困ったようにその後を追う。

「ツバキ様、儀式の最中ですよ。あまり勝手をなさらぬよう」


「お前はいちいち細かいのう。もう終わっとるわい。ルクシアーナ様もお帰りになっとる。ほれ、鈴も止んどるわ。おい、坊主。戻ってこい。終わったぞ」


ツバキと呼ばれた大男は、無遠慮にカイ殿下の肩を揺さぶった。


「ああ、そんな乱暴にされて……。だから連れて来たくなかったのに……」


イフタリマ国王陛下は、その傍らでぼそぼそと何事かをこぼしている。


「おお、瞳に雷が灯っとる。見事だのう。ワシでも初めて見たわい。いいのう、いいのう」


カイ殿下がゆっくりと瞳を開けると、ツバキは実に嬉しそうにその目を覗き込んでいた。


「え……。雷? 炎ではなく……?」


カイ殿下は、なお現実へ戻りきらぬ面持ちのまま、独り言のように呟いた。

その言葉は、ただでさえ異様な空気に、さらに拭いがたい不吉さを落とした。


ツバキは「なんじゃ。いかんのか」と呟き、きょとんと首を傾げた。

その無邪気さが、かえって場の冷えを深くしていた。


イフタリマ国王陛下は深くため息をつき、ツバキを睨む。

「もう、黙っていてください」



「カイ……」


エレナ王女殿下の声は、ひどく頼りなく震えていた。

けれど、カイ殿下はぴくりとも反応しない。

何も見えていないような目で虚空を見つめたまま、唇だけがぶつぶつと動いている。

そこにいるはずなのに、もう誰の呼びかけも届かない場所へ沈んでしまったかのようだった。


主人のもとへ向かわねばならないのに、私はその場から動けなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

イフタリマ組は好きなキャラです。

まだまだ、まだまだ、ずっと先の活躍ですがしっかり紹介できたらと思います。

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