弟子入り
「大変ですよ、直毘様。どうしましょう。
鈴が鳴ってなかった!300年前のイフタリマみたいになってしまいます。あわわ、炎が消えてしまいます。ああ、どうしましょう」
教会を出て宿へ戻るなり、旭燈は直毘のまわりをぐるぐると回り、ぴょんぴょん跳ねながら騒ぎ立てた。
事の重大さは、直毘にもよく分かっている。
けれど、あまりにも慌てふためく旭燈の様子がおかしくて、笑いそうになるのをこらえきれなかった。
「ふふ、落ち着け。まだ大事にはならん。始祖の力は、すぐに消えるようなものじゃない。俺たちにだって分からなかったんだ。今のところ、魔物が少し増えた程度だろう。
だが、王位継承のことは他国にも知れているはずだ。鈴が鳴らなかったこともな。イフタリマは必ず動く。あそこは強い。最悪、力でねじ伏せに来るだろう。そうなれば島が荒れる。……それだけは避けたい」
直毘は腕を組み、静かに考え込んだ。
ルシエナ島は、女神ルクシアーナの祝福と、四つの国の始祖の力によって護られている。
古くから語り継がれてきたおとぎ話に登場する五人の子供は、実在した存在だった。四つの国の王家はその子孫にあたり、まれに血筋そのものを継いでいない者がいても、始祖の力だけは必ず受け継いでいる。
もしその力を持たぬ者が玉座に就けば、国は乱れ、魔物が跋扈する、人の住めぬ魔窟と化す。
かつてイフタリマ王家は、欲に駆られ、始祖の力を継がぬまま玉座に就いた。その結果、国は滅亡寸前にまで追い込まれたが、五人目の導きの子によって、かろうじて正された過去がある。
この出来事は今ではおとぎ話のように語られている。だが、イフタリマでは今なお生き証人が玉座にある。それでも他の三国の民にとっては、遠い昔話にすぎなかった。
そして今、まさにロゴノワが、その過ちをなぞろうとしている。
旭燈を抱き上げたまま撫でながら、直毘は低く呟いた。考えを巡らせているのか、その声はひとりごとのように途切れがちだった。
「どうしたものか……。今の俺は欠けている。戻ってほかの奴に声をかけるか……。いや、それも面倒だな。迦梨をどうにかするのが一番早いんだが……んー」
旭燈は不安げに直毘を見上げる。
「直毘様……」
考えが定まったのか、直毘はかすかに笑みを浮かべ、旭燈の頭を撫でた。
「不安にさせたな。すまない。俺にはお前がいる。だから大丈夫だ。
迦梨は必ず子供を救う。悪手かもしれんが、これなら必ず姿を現す」
必要とされている。頼られている。
その甘い実感に、旭燈の胸を満たしていた不安はあっけなく溶けた。
国が滅ぶかもしれないという恐れすら霞み、旭燈は縋るように直毘の胸へ頬を寄せる。
直毘はそんな旭燈を愛おしむように見つめながら、心の奥で低く呟いた。
どんな手を使ってでも、お前を必ず見つけ出す。必ず連れ戻す。俺の番を。
昨日に引き続き、食卓には豪華な料理が並んでいた。
ロネスはくすぐったいような気持ちになりながらも、こみ上げる嬉しさを隠しきれず、「ありがとう」と皆に礼を言っていた。
「カリンさん、本当にすごかったのよ。ロネスが燃え上がった時はどうしようかと思ったんだから。でもすぐに水が包んで、もう何が何だか」 フリージアは、さっきよりも明らかに大げさに話を盛っている。
それに気づいているカリンは、微笑みながら「そうなの」と相づちを打っていた。
本気にしたロンは、手にしていたパンを落としかけたが、カリンがすぐに拾い上げ、事なきを得た。
まるで「もう、いい加減にしなさい」と叱るように、レオンがフリージアへ「わわん!」とひと鳴きした。
「まあ、レオンったら。行儀が悪いわよ」
そう言い返され、フリージアとレオンはたちまち小競り合いを始める。
呆れたようにロネスが仲裁に入り、カリンはその様子を幸せそうに見つめていた。
ロネスが少し姿勢を正し、カリンに声をかけてきた。
目をきょろきょろとさまよわせ、不安そうに親指の爪を人差し指でなぞっている。
「カリンさん、あの……その……えっと……」
一緒に暮らすようになってから、カリンは気づいていた。
ロネスは、頼みごとをするときや、なにかを打ち明けようとするとき、不安になるとこうした仕草をする。
本人は気づいていないのだろう。きっと無意識の癖なのだ。
それに気づけたことが、カリンには少し嬉しかった。
「どうしたの?ゆっくりでいいわよ」
カリンは優しくロネスに問いかける。
ロネスは、安心したのか、あるいは覚悟が決まったのか、ふっと息を吐いた。椅子から立ち上がり、まっすぐにカリンを見つめた。
「カリンさんの弟子にしてください。
今日の祝福の儀で、自分にも少しはできるんじゃないかって思えたんだ。メイさんにも褒めてもらえたし、この首飾りだって力が増したみたいで……。
だから俺も、カリンさんが俺たちを救ってくれたみたいに、誰かを救える力を身につけたい。
誰かを助けるための力を学びたいんだ。
お願いします。弟子にしてください」
ロネスはばっと頭を下げた。
しばらくしても返事がない。おそるおそる顔を上げると、カリンは口に手を当てたまま、涙を流していた。
ロネスはぎょっとして、弾かれたようにカリンへ駆け寄った。
「ごめんなさい。気分が悪くなっちゃった?」
フリージアもレオンも驚いてそのあとに続く。
何が起きているのかわからないロンだけが、隣のカリンの腕に不安そうに抱きついていた。
「あらあら。私ったら、ごめんなさい」
カリンは、自分が涙を流していたことにようやく気づいたように、指先でそっと涙を拭った。
「違うのよ。嬉しかったの。そんなふうに言ってくれるなんて、本当に嬉しかったの。ロネス、明日から一緒に頑張りましょうね」
みんなを抱き寄せながら、カリンはこれまでになく優しい声でそう答えた。
弟子入りを認めてもらえた。
明日からもみんなで暮らせる。
一緒に生きていける。
明日からも
そのことが、ロネスには何より嬉しかった。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
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