鈴の音
ちりん。ちりん。ちりん。
この音を、知っている。
この鈴の音に呼ばれて――
烏を追いかけて
ちりん。ちりん。ちりん。
走って、走って、もう走れない。
あの日、炎に包まれ――
「レオン!」
はっと目を開けた。
女の子が泣きそうな顔で、俺の頬を両手で包んでいる。
「……わぅん」
違う。
呼び返したかったのに、喉からこぼれたのは人の声ではなく、獣めいたかすかな音だった。
人の声。
どうして今、そんなことを思ったんだろう。
「レオン、どうしたんだよ。大丈夫か?」
ロネスの声がして、俺は小さく首をかしげた。
あれ。
俺は、どうしたんだ?
「わうん?」
胸の奥に引っかかるものはあるのに、それが何なのかはもうわからない。
フリージアはほっとしたように俺を抱きしめた。
「どうしちゃったの。儀式にびっくりしちゃったの? ごめんなさい。外で待ってたかった?」
心配そうに覗き込む顔を見上げながら、俺はされるまま、その腕の中におさまっていた。
「わぅんん」
大丈夫だと言っているような声に、ロネスはようやく息をついた。
メイも心配そうに駆け寄ってきたが、レオンの様子を見るかぎり、もうひとまず安心してよさそうだった。
けれど、ナオヒだけは動かなかった。
ただ黙って、レオンを見つめている。見守っているというより、何かを確かめるような、探るような目だった。
「よし。レオンももう大丈夫だ。フリージアも泣きやめよ。ロンが帰りを待ってる。早く帰って、ロンとカリンさんに今日のこと話そうぜ」
みんなを安心させるように、ロネスは明るく笑って声をかけた。
「泣いてないわよ。勘違いしないでよね。さ、帰りましょ」
フリージアは誤魔化すように目元をこすった。
「メイさん、今日はありがとうございました。なんだかうまく言えないんですが、すごい体験をさせてもらえました」
目を輝かせて礼を言うロネスが眩しくて、メイは思わず頬をゆるめた。
「いえ、こちらこそありがとうございます。ナオヒ様もおっしゃっていたように、ロネスさんの加護は素晴らしいものですよ。私のほうこそ、貴重な体験をさせていただきました」
ロネスは照れくさそうに笑いながら、ナオヒにも礼を言った。
「ナオさんも一緒にいてくれて、ありがとうございました。この首飾りのことも……アサヒもありがとな」
首飾りをぎゅっと握りながら、ナオヒの腕の中のアサヒをそっと撫でた。
「いいんだよ。俺も、いいものを見せてもらった。ありがとな」
ナオヒはロネスの頭を撫でながら、
「俺からも祝いをやる」と告げた気がした。
あれ?なんだろーー
ロネスは祝福の儀のときのように、身体の内側がじんわりとあたたかくなったきがした。
首をかしげながら、自分の身体を確かめるように見ていたロネスに、フリージアが「早く!」と急かした。
メイは、バタバタと、それでもどこか楽しそうに帰っていくフリージアたちを、いつもの優しい笑みで見送った。
振り返ると、先ほどまで横に立っていたナオヒは、儀式のときと同じ長椅子に腰を下ろしていた。隣にはアサヒもいる。
まっすぐ、部屋の奥の扉を見据えていた。
メイは、ふうと自分を落ち着かせるように息を吐いた。
そして、わずかに緊張しながらナオヒに声をかける。
「ナオヒ様。私に何かお話がおありなのでしょうか」
「いや、大したことじゃないんだ。
そんなに緊張しなくていい。
……と言っても、無理か。俺が何者か、もう分かってしまったんだろう」
ナオヒは、少し困ったように笑ってそう言った。
その表情に、メイはわずかに肩の力を抜く。
「ええ。これまでにも幾度か違和感はございました。ですが、本日この部屋にお入りいただいたことで、確信いたしました。ナオヒ様ご自身も、すでにお気づきだったのでしょう」
メイはその場に両膝をつき、深く頭を垂れた。
「ご挨拶が遅れました非礼を、どうかお許しください。ルクシアーナ様の五番目の御子にして、我らが導き手、ナオヒ様。
そして、お傍にお仕えするアサヒ様にも、謹んでご挨拶申し上げます」
「メイ、いいんだ。俺が隠していたんだからな。
顔を上げてくれ。ほら、立って。これまでどおり、ナオでいい。そのほうが助かる。
……とりあえず、話の続きをしよう」
ナオヒは慌てて身をかがめ、メイを立たせようとした。そのかたわら、アサヒはいつの間にか黄金色の毛並みの獣姿から白狐の姿へ戻っていた。
メイは恐れ多げに身を起こし、ナオヒの言葉を待った。ナオヒは真剣な表情で、メイに問いかける。
「最近、王位継承が行われたようだが、この大鈴は鳴ったか」
「あっ……」
メイは一瞬、唇を引き結んだ。
それだけで十分だった。
ナオヒはわずかに目を伏せ、かすかに息を吐く。
「いいんだ。ありがとう。無理をさせたな。
……そうか。やはり鳴らなかったか」
ナオヒは気持ちを切り替えるようにひとつ息を吐き、あらためてメイに問いかけた。
「フリージアとレオンたちは、いつ頃からこの町に現れたんだ」
先ほどの、話したくても話せないといった苦しげな表情は消え、メイは戸惑いをにじませながら答えた。
「四、五か月……いえ、半年ほど前でしょうか。魔女様がフリージアさんとレオンを連れて、教会にいらしたのです。
迷いの森で保護したものの、フリージアさんには記憶がなく、行くあてもないため、そのまま一緒に暮らすことになったと伺っております。
そして、一か月ほど前にはロネスさん兄弟も保護されました。……魔女様のなさることには、本当に頭が下がります」
「そうか。ありがとう。その魔女の姿は覚えているか」
「え……」
メイは、何を問われたのか分からないとでもいうように、戸惑いに目を見開いた。まるで、どう答えればよいのかさえ分からなくなってしまったかのようだった。
ナオヒは小さくため息をつき、どこか気遣うように言った。
「いや、いいんだ。ありがとう。今日は疲れているのに、いろいろ聞いてしまって悪かった。
それから、俺とアサヒのことは、誰にも言わないでくれると助かる」
そう言うと、ナオヒたちはいまだ困惑した様子のメイを残し、教会を後にした。




