祝福の儀4
メイさんが白い皿に水差しから水を注ぎ、ロネスに差し出す。
飲むんだろうなあと、ロネスの後ろ姿を見ながらフリージアは思った。
ロネスの椅子の少し後ろには、大人が三人は座れそうな長椅子が二つ、横並びに置かれていた。
その後ろにも同じようにもう一列ある。
フリージアとナオヒは、なぜか同じ長椅子に座って、ロネスとメイの様子を見ていた。
「あの水を飲んで身を清めるんだ。それからメイが鈴を鳴らしながら祝福の言葉を唱えて、ルクシアーナ様とロゴノワのカビス様に呼びかける」
ナオヒは扉を見ながら、フリージアにそう説明してくれていた。
「ふうん」
興味なさそうに返事をしながら、フリージアはアサヒを見る。アサヒはナオヒの膝ではなく、椅子にきちんと座っていた。可愛い。
「あらら。つまらなかったか?」
くすりと笑いながらも、ナオヒの意識は落ち着かなそうなレオンに向いていた。
ちりん。ちりん。ちりん。
メイが鈴なりを鳴らす。始まった。
「我らが母にまします、全能の光の女神ルクシアーナ大神の大前に申し上げます。
この幼き子が、清く健やかに生きていけますよう、豊かな御光をお授けください。
その身と心を常にお守りくださり、
安らぎと喜びに満ちた道をお導きくださいますよう、謹んでお祈り申し上げます」
メイさんの祝福の言葉は、ゆっくりと澄んだ声で響いていた。まるで歌っているように聞こえた。
ロネスは目を閉じ、掌を合わせたまま、その声を落ち着かない心で聞いている。
鈴の音だけが、いつまでも、耳に残る。
あれ。もうメイさんの声が聞こえない。
身体の内側があたたかい。
いや、違う。やわらかな何かが、外から包んでくれている。
安心する。
護られている。そう思う。
不思議だった。
ふと、カリンさんからもらった首飾りまで、ほのかに熱を帯びていることに気づく。
このままずっと、ここに包まれていたい。
「ロネス。目を開けない」
メイさんの声じゃない。けれど、ひどく優しい声だった。
どこかカリンさんに似た女の人の声がした気がして、ロネスは思わず目を開けた。
一瞬、目の前に赤い火の光が広がった。次の瞬間、青く澄んだ水の中にいるような気がした。
「お疲れさまです。終わりましたよ。ロネスさんはすごいですね。ルクシアーナ様にも、水の神様にも愛されているんですね」
汗びっしょりのメイが笑顔でそう声をかけると、ロネスはようやく現実に引き戻された気がした。
「え、水の神様ですか?」
ロネスはぽかんとして、メイに聞き返した。
「そうなんです。ミキラオのミズハ様とは違うようでして。すみません、ちゃんとはわからないのですが」
「いいんです。いいんです。大丈夫です」
少し困ったようにメイは答えたが、結局、ロネスにはよくわからないままだった。
「ロネス、お疲れ様!一瞬、火に包まれた時はどうなることかと思ったけれど、水まであふれてきて、本当にすごかったわね」
物騒なことをさらりと言いながら、フリージアは駆け寄ってくる。
「そんなことになってたのか……。不思議な感覚だとは思ってたけど……祝福の儀って、すごいんだな」
長男であるロネスは、祝福の儀をこれまで一度も見たことがなかった。だからこそ、いま自分の身に起きたことが信じられず、ただ呆然とするしかなかった。
「いやいやいや。こんなの、普通の祝福の儀じゃないぞ。王族とまでは言わないが、それに近いことになっていたぞ。本当に二人ともお疲れ様」
呆れたような苦笑を浮かべながら、ナオヒはロネスの頭をひと撫でした。けれど、首飾りを見た瞬間、その表情が消える。
「それ、どうした?」
一瞬、目を見開く。ナオヒはすぐにロネスの正面へ回り込み、その肩に手を置いた。真剣な顔で、ロネスの目をじっと覗き込む。
急に様子の変わったナオヒに目を丸くしながら、ロネスは答えた。
「昨日、もらったんだ。10歳のお祝いにって。薬作りもいつも手伝ってくれてるから、その助けにもなるってさ。ええと、泉の?寝床の?なんとかって言ってたような……?」
「もー、急にやめてよ。私だって欲しいけど我慢したのよ。大人なんだから、もっとスマートに聞きなさいよ」
フリージアが間に割って入り、ナオヒに食ってかかる。
「泉……寝床……ハザケ様か」
何かナオさんが呟いたが、よく聞き取れなかった。
けれど次の瞬間には、ぱっといつもの笑顔に戻っていた。
「すまん、すまん。俺の悪い癖だ。驚かせちまったな。
ただな、ロネス。その首飾りはルクシアーナ様の加護をも授かった。大袈裟かもしれないが、神器に近い。大事にしろよ。
それから、今日みたいに人に見られないように服の下に隠して、いつも身につけておけ。きっとお前を護ってくれる」
人に見られれば、奪われるかもしれない…ってことか。
その考えに、背筋がひやりとした。
だが、それ以上に胸を満たしたのは、カリンさんがそれを自分に託してくれた喜びだった。
胸の奥にあたたかなものが広がっていき、ロネスは思わず微笑んでいた。
「メイ、フリージア。この首飾りのことは誰にも言うなよ。もちろん、ロネスもだ。わかったな?」
三人は力強く頷いた。
しかし、レオンだけは鈴なりが鳴ってからというもの、ぼんやりとしたまま何の反応も返さなかった。
まるで、心を鈴の音に囚われてしまったかのようだった。




