祝福の儀2
「ただいまー! カリンさん聞いて、聞いて! ロネス、10歳になったの。誕生日に気づいてなかったの。お祝いしないと! ケーキを焼きましょ!」
帰ってくるなり、フリージアは荷物もそこそこにカリンへ飛びついた。
「おい!もう、荷物!」 「わうわ!」
玄関口でその様子を見ていたロネスとレオンは、そろって呆れ顔だ。
けれど、そんな視線などおかまいなし。今のフリージアは、それどころではなかった。
お昼寝から起きたロンに、カリンは「もうそろそろお昼寝も卒業ね」と声をかけていた。
そこへ帰宅したフリージアが、いきなり飛びついてくる。カリンは驚いたものの、すぐに笑って受け止めた。
「あらあら、そんなに慌てて。あら?ロネスはもう10歳になっていたの? それは大変だわ!早速準備しないと。ロンも手伝ってね」
するとフリージアは、満面の笑みで「私も手伝うわ」と元気よく名乗りを上げた。
そんな光景を照れくさそうに見つめていたロネスに、レオンはからかうように甘噛みしていた。
それから、祝われるはずのロネスまで手伝いながら、みんなでケーキやご馳走を作った。
「「「ロネス(兄ちゃん)10歳おめでとう」」」
「わうわうわ」
出来上がった料理をテーブルいっぱいに並べて祝うと、ロネスは顔を真っ赤にしながら、「ありがとう」と、とても小さな声で応えてくれた。
それを合図に、フリージアたちは一斉にご馳走へ手を伸ばし、楽しいパーティーが始まった。
ケーキを食べる前に、カリンさんがみんなに声をかけ、赤いリボンのかかった手のひらほどの小さな箱をロネスへ差し出した。
「急拵えでごめんなさいね。あなたの力になってくれるものよ」
気に入ってくれるといいのだけれど、とカリンは少し不安そうに言った。
ロネスはぽかんとした顔で、カリンを見つめたまま
「俺に? 開けてもいい?」と尋ねた。
彼女が頷くのを確かめると、大切なものを扱うようにそっと箱を開ける。
中には、指先ほどの青緑色の石に金具をつけ、革紐を通した首飾りが入っていた。
「この石は、癒やしの泉に棲む大山椒魚の寝床から分けてもらったものなの。ロネスは私の薬作りを手伝ってくれるでしょう? 魔法にも興味があるみたいだし、あなたの力になってくれると思うの。前から準備していたのだけれど、お祝いで渡すのがいいかなって……。もし首飾りが恥ずかしいなら、腕輪にしてもいいわ。ええと、それとも、別のもののほうがよかった?」
ロネスが黙ったままでいるものだから、カリンは贈り物を気に入ってもらえなかったのだと思い、慌てて言った。
ロネスは何度も首を横に振り、涙をこぼしながら首飾りを胸に抱くように握りしめた。
「違うんだ。嬉しくて……。お祝いしてくれるだけでも嬉しいのに、贈り物までもらえるなんて思ってもみなかった。……しかも、こんなにいい物を俺なんかがもらってもいいの?」
「あらあら、言ったでしょう? あなたのために用意したのよ。今さら泉に返せないわ」
カリンはほっとしたのと、ロネスが喜んでくれたのが嬉しくて、笑いながらそう答えた。
「ありがとう。この首飾り、大事にする。
上手く言えないけど、俺、カリンさんみたいに誰かを助けられるように頑張る。俺もそうなりたいんだ。本当にありがとう」
ロネスの精いっぱいの礼の言葉が響いた次の瞬間、フリージアとロン、それにレオンが一斉にロネスへ飛びついた。
「ねえ、見せて見せて!」 「兄ちゃん、つけてみて!」 「わぐわぐ」
めちゃくちゃにされているロネスを見かねて、カリンが助け舟を出す。
「さあさあ、ケーキを切り分けるわよ」
そのひと言で、みんなの注意は一斉にケーキへ向いた。 自分がいちばん大きいのをもらうのだと、慌ただしくケーキに群がる。
ロネスはその光景を見つめながら首飾りをつけ、誰にも聞こえない声で「父ちゃん、母ちゃん、ありがとう」とつぶやいた。
「おい、大烏。お前、あの狼のこと何か知ってるだろ。あっ、おい、そんな高いところに行くなーっ!」
旭燈は頭上の大烏へ叫んだが、当の大烏は知らぬ顔で、さらに高みへ飛んでいく。
その様子に直毘はくつくつと笑い、旭燈へ声をかけた。
「やめとけ、無駄だ。あいつは昔から無口なんだよ。それに俺たちとは別の目的で、嬢ちゃんらの近くにいるんだろ。話さんさ」
直毘は諦め近くの岩に腰を下ろした。
「直毘だー」「化け狐もいるー」「直禍はー?」
「大烏様と遊んでるのー?」「ぼくらも遊ぶー」
ふわふわと漂う拳大の光が、旭燈たちへ無遠慮に群がる。
「直毘様と呼べ。それに、俺を化け狐と言うな」
旭燈は光たちをさえぎるように、直毘の前へ立った。
「あはは、かわいいなあ」
「狐の姿から戻れなくしてやろー」
「何して遊ぼうか」
「追いかけっこは前の子で飽きちゃった」
「かくれんぼはー?」
「見つからなかったら、そのままでもいいよねー」
「はあ。杜の精たちか。いつも杜を守ってくれてありがとな。他の奴らには内緒だぞ。ほらよっと。
迦梨の子らには、悪戯してないよな?」
そう言って、直毘は桃の詰まった袋を差し出した。
「わあい、桃だ」
「してないよー」
「あの子たちとも遊びたいなあ」
「だめだよー。迦梨にも大烏様にも怒られるぞ」
光たちがいっせいに群がり、袋の中の桃はあっという間に消えた。
「そうか、そうか。それならいい。また持ってきてやるよ。迦梨には内緒だぞ?」
張りついたような笑みを浮かべたまま、直毘は、いつの間にか狐の姿にされていた旭燈を抱え、杜を出た。
「やはり迦梨か……。すまんな、旭燈。しばらくはその姿のままで我慢してくれ」
申し訳なさそうに、直毘は腕に抱いた白狐の旭燈を撫でた。
「いいんです。お世話ができず、申し訳ございません。迦梨様がこの件に関わっているのですか?」
言葉とは裏腹に、撫でられるのが嬉しいのか、旭燈は腕の中で機嫌よく問いかける。
その様子に、直毘は思わず笑みをこぼした。
「いや、わからん。
わからんことだらけだ。この国がどうなっているのやら……。どうにか迦梨と接触したいんだがな。あいつは隠れるのがうまい。身を隠されたら、見つけようがない」
直毘の様子を案じたのか、旭燈はくうん、と小さく鳴いた。
「大丈夫だ。ひとまずは明日だ。あいつらに会える。――だから、今は心配するな」
直毘は穏やかな顔で、旭燈の頭をそっと撫でた。




