接触
国中、内戦の終わりと新たな国王の話題で沸いていた。
今日もギルドへ薬を卸しに行くと、冒険者たちの話し声が耳に入る。
「結局、カイ様が国王になったんだな」
「ああ。俺はミゲル様の火には敵わねえと思ってたよ」
「正直、みんなそう思ってただろ。でも、カイ様には味方する貴族が多かったらしいぜ」
「へえ、そんなに貴族をまとめられたのか。まあ、数には勝てないか。平和になったならそれでいいけどよ」
「いや……噂じゃ、もう他国への侵攻を考えてるって話だぞ」
「おいおいおい!勘弁してくれよ。だから魔物も減らないのか? ロゴノワは、この先どうなっちまうんだ……」
フリージアは、一緒に来ていたロネスのことが気にかかった。
レオンも同じなのか、ロネスのまわりをぐるぐると歩き回っている。
彼らの会話は聞こえているはずなのにロネスは表情ひとつ変えない。
受付のお姉さんに「ここに俺がサインすればいいんですか」と、そのまま淡々と薬の納品を済ませていく。
教会へ向かう道すがら、ロネスがふいに口を開いた。
「俺、文字を習ってよかった。
まだ自分の名前くらいしか書けないけど、それでもなんだか嬉しいんだ。大げさかもしれないけど、俺にも何かできるって、なんか自信みたいな。
もっと勉強して、一人で読み書きできるようになれば、俺も誰かに必要としてもらえるかもしれないし、誰かの役に立てるかもしれないし……なんか、恥ずかしいこと言ってるな」
そう言って、ロネスは照れくさそうににかっと笑った。
「ロネスは、なんだか大人ね。自分のことも、ロンのこともしっかり考えているのね」
ロネスは今、カリンさんから文字や計算を習っている。薬作りも積極的に手伝っていて、その様子を見ていると、フリージアは自分だけ置いていかれているような気分になってしまう。
そんな気持ちを察したのか、レオンが「わうわう」とわけのわからないことを言った。
「なにしょぼくれてんだ? フリージアとレオンが俺たちを助けてくれたんだろ。俺は、お前らみたいになりたいって言ってんの」
ロネスの後半はごにょごにょと小さくなっていたが、その言葉はフリージアとレオンの耳にちゃんと届いていた。
フリージアはたちまち顔を輝かせ、レオンは尻尾をぶんぶん振って、まるで踊るような足取りで進む。荷車はガタガタと大きく揺れた。
「あわわ、壊れるって!」
ロネスは慌てて荷車を押さえた。
まったく、俺のほうが兄ちゃんみたいだ。そんなことを思いながら、気づかれないようにこっそり笑う。
「そういえば、初めて会ったときから思ってたけど、レオンって人の言葉がわかるんだな。銀色の狼ってだけでも珍しいのに、言葉までわかるなんて、すごすぎないか?
見た目は完全に獣だし……獣人ってわけじゃないんだよな?」
ロネスはレオンの頭を撫でながら、不思議そうに顔を覗き込んだ。
獣人はミキラオにいるが、ほとんど国の外へは出ない。ロゴノワで知られているのは、頭に獣の耳があり、尻尾が生えていて、人間より身体能力に優れること。そして確か、完全な獣にはなれない――いや、なれたんだったか。その程度の曖昧な知識しか、ロネスにはなかった。
「そうね。私もよく分からないけど、レオンは賢くて、可愛くて、強いのよ」
それに背中にも乗れるのよと、フリージアはなぜか誇らしげにレオンの背中をぽんぽん叩いた。
「なんだそりゃ」
そう言って笑い合っていると、いつの間にか見知らぬ男がしゃがみ込み、レオンをじっと見ていた。
「お嬢ちゃんにもよく分からないんだな。まあ、俺にもよく分からんが」
男はにかっと笑いながら、当たり前のように会話へ混ざってくる。
ロネスはその男に妙な安心感を覚えた。だが同時に、不気味でもある。
フリージアは完全に警戒しているのか、レオンを抱え込むようにぎゅっと抱きついていた。
「すまん、すまん。またやっちまった。
知らない大人に急に話しかけられたら、驚くよな。俺はナオヒっていうんだ。ナオって呼んでくれていいぞ」
謝っているくせに、男はまるで悪びれた様子もなく笑っている。
けれどロネスは、その気の抜けるような態度に、まあいいかとつい許してしまう。
「ナオさんは、この辺りの人じゃないんですか?」
カリンさんと同じ黒髪か。
そんな、どうでもいいことをロネスはふと思った。
レオンが急に、「わんっ!」と大きく吠えた。
「そうよ。おじさん、どこから来たの? 勝手にレオンに触ろうとしないでよ」
フリージアは今もレオンに抱きついたまま、男をきっと睨みつけている。
「おやおや、手厳しいな。まあ……そうだよな。見事な毛並みだったから、ついね。触ってもいいか?」
ナオヒは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔になってレオンへ手を伸ばした。
だが、その手をフリージアがぱしんと払いのける。
「まだだめ!まだ、いいって言ってないでしょ?」
これにはレオンもロネスも驚いた。
「そんな意地悪言わなくても、レオンも別に嫌がってなさそうじゃん?」
ロネスがレオンに目を向けて言うと、レオンも「わうわう」と応じる。
「さっきまで警戒してたくせに…もう、じゃ……少しだけね?」
フリージアはどこかそわそわしながら、しぶしぶといった様子でそう答えた。
ナオヒがレオンに触れるのは、どうにも落ち着かないらしい。
「ありがとう」
ナオヒは穏やかに笑うと、レオンの頭をそっと撫でた。
一瞬、何かを考えるような表情を見せた気がしたが、次の瞬間には驚いたように大袈裟な顔をする。
「見事な毛並みだな! こりゃ大事にされてるんだな。いい主人をもったな」
そう言って、さらにわしわしと撫でまわした。
フリージアも気分がよくなってきたのか、
「そうでしょ」
と自慢げに答えている。
そんな様子を、ロネスは呆れながら見ていた。




