7・王太子になれなかったはずの王子
「……どういう意味だ」
フレデリクは宝玉のようなと令嬢たちに誉めそやされる瞳を燃え上がらせた。
「私は先王陛下の嫡孫にして、王太子夫妻の嫡男だぞ。私以外、誰が王位を受け継ぐというのだ!?」
「候補は何人かいらっしゃいますけど、最有力候補はつがい様の兄君であられるのではないかしら」
「ば、……王太后の兄? オーギュストだと?」
意外な名前だったのか、フレデリクの目が丸くなった。次いで、ぷっと噴き出す。
「なにを申すかと思えば! あやつにも確かに王家の血は流れているが、私とは比べ物にもならん」
兄オーギュストとアルベルティーヌの母は、モンタイト公爵家の一人娘。マルタンはその才覚を見込まれ、伯爵家から婿養子に入った身だ。
母の母、つまりアルベルティーヌの祖母はジェローム王の異母妹、かつては王女だった。ジェローム王はアルベルティーヌの大伯父に当たる。
ゆえに兄とアルベルティーヌにも王家の血は流れているが、直系のフレデリクよりかなり薄く、継承権も低い。フレデリクがいる限り、兄とアルベルティーヌに王位が回ってくることはない。
……普通なら。
「今なら、そうでしょうね。けれど王太子ご夫妻……貴方のご両親が亡くなった時、貴方は八歳だった。対して王国法では、王位を継ぐ者はまず立太子せねばならず、立太子する者は成人の十六歳を迎えていなければならないと定められている」
「っ……だが私は、お祖父様の喪が明けてすぐ立太子した!」
「それがつがい様のおかげだったのですわ」
ヨゼフィーネ皇女は淡々と説明した。
十六歳になっていなければ立太子できない法の定めには、一つの例外があると。
それは王家の血を引く王妃、あるいは王太后が幼い王子の後見役と国王代理を務めることだ。未成年者の立太子を禁じるのは奸臣が幼王を傀儡とし、政治を牛耳ることを避けるための定めだが、不慮の事態により後継者が全員未成年者という場合もある。そうした事態に備え、後見役の存在を条件として未成年者にも立太子を許し、成人まで玉座を空にすることを認めたのである。
「ですが先王陛下が亡くなった時、成人した王位継承権者は何人もいらっしゃいました。その筆頭がつがい様の兄君だった」
ジェローム王とアルベルティーヌの祖母は腹違いの兄妹だ。祖母は正妻であり友好国から嫁いだ王女でもあった王妃の一人娘。対してジェローム王の生母は王国の貴族令嬢。ジェローム王が即位できたのは王妃に娘しかおらず、王位継承は男性が優先されるという慣習のおかげだった。
だがジェローム王と祖母では祖母の方が尊い血の主だという評価は、祖母がモンタイト公爵家に降嫁してからも、ジェローム王に息子の王太子が生まれてからも消えなかった。
その評価はアルベルティーヌたちの代になっても受け継がれていたのだ。アルベルティーヌの兄オーギュストは身内の欲目を差し引いても優秀な人物である。
「先王陛下がご存命中にオーギュスト様を立太子させ、先王陛下の死後すぐ即位する。それが最も混乱の少ない道だったでしょう。我が父ヴァレリアン三世なら、迷わずそうしたと思いますわ。たとえ我が子に王位を渡せずとも、帝王が優先すべきは国の安定ですもの」
「……っ……」
「なのに先王陛下は敢えて混乱の大きい、しかもうら若き乙女の人生を犠牲にする道を選ばれた。貴方を……ご自分の孫を王にしたい一心で。……そうなのでしょう?」
ヨゼフィーネ皇女がマルタンを振り返る。フレデリクもすがるような眼差しを向けた。
(なんと答えるつもりかしら)
今までフレデリクの心身を守るためだけに腐心してきたマルタンだ。そのためなら実の娘も平然と踏みにじってきた。
だがさすがに、帝国皇女と神獣の前でしらを切るほど図太くはなかったようだ。
「……仰る通りに、ございます」
「マルタン!? 嘘だろう……そなたは娘がお祖父様をたぶらかしたと、だからその償いのためにも私に尽くすと……」
「逆ですわ」
惑乱するフレデリクに、ヨゼフィーネ皇女は冷ややかに告げる。
「そういう名目で貴方を補佐し、貴方の地位を守るため、宰相はつがい様を……自分の娘を先王の妻に差し出したのです」
「あ、で、では、私、は」
「つがい様が王太后になられなければ、オーギュスト様が即位され、貴方はどこかの離宮へ追い出されていたでしょうね。新たな王の治世に、旧王朝の王子は邪魔なだけですから」
フレデリクの生母である亡き王太子妃は侯爵家の出身だが、実家の侯爵家は新たな王を恐れ、放逐された王子を引き取ろうとはしないだろう。
フレデリクの行き場は、新たな王が用意した離宮しかない。いずれ『病死』させられるとわかっていても。
「けれどつがい様が王太后になられたことにより、貴方は特例により立太子が叶い、なに不自由ない暮らしを送り、即位まで果たし、帝国皇女を娶ろうとしている」
「……う……」
「引き換えつがい様は幼なじみの婚約者と引き裂かれ、貴重な若い盛りを救ったはずの義孫たちにさげすまれながら王宮に閉じ込められた。……さあ、利益を得たのはどちらでしょうか?」
フレデリクの双眸に涙の粒が盛り上がる。
赤く染まったその目は、八年前……初めて彼と対面した時のことをアルベルティーヌに思い出させた。




