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6・皇女は断罪する

 ヨゼフィーネ皇女が語った真相は、アルベルティーヌの記憶通りだった。あの場に居合わせたのはマルタンとアルベルティーヌ、そして亡きジェローム王のみだというのに、どうやってそこまで調べ上げたのか。



「……ま……さか、そんな……」



 呆然と聞いていたフレデリクがわなわなと唇を震わせ、きっとヨゼフィーネ皇女を見上げる。



「偽りを申すな! いくら皇女とはいえ、偉大なる先王陛下を愚弄することは許されんぞ!」

「私がお伝えしたのはまぎれもない真実ですから、侮辱には当たりませんわね。そして貴方のお言葉、そっくりそのままお返しします」



 ヨゼフィーネ皇女は怖じることなく、怒りに燃えるフレデリクの視線を受け止めた。帝国皇女の威厳をまとい、胸を張る。



「いくら肉親を亡くしたばかりの幼子だったとはいえ、世継ぎの王子ともあろう者が、自分のために人生を捧げさせられた女性を売女呼ばわりして忌み嫌うなど許されませんわ」

「わ、……私のため、だと!? ありえぬ! その女は贅を極めた暮らしを送るため、病のお祖父様を誘惑したのだ! 皆そう申している!」

「皆、と仰いますけど、私はそうは思いません。私なら貴方のお祖父様の妃になるなんてまっぴらごめんですもの」

「なんだと!? 王妃は貴族の娘なら誰もが欲する至高の地位だろう!?」



 激昂するフレデリクに、ヨゼフィーネ皇女は人差し指を立ててみせた。



「人によりますが、私同様、つがい様も先王陛下の妃の座など欲しくもなかったはずですわ。まず、根拠の一つ目。つがい様には幼いころからの婚約者がいらした。きちんと年齢も地位も財力も容姿も釣り合ったお相手が、です。なのになぜ、祖父よりも年上の、しかも余命いくばくもない老人をたぶらかさなければならないのですか? 子を成すどころか、新婚生活すら望めないのに」

「……それは、王妃の地位と王家の財産を好き勝手に使いたいがゆえだろう」

「本気で仰ってますの? 王妃はただ贅沢を許された気楽な身分ではありませんのよ。贅を凝らした衣装や宝石が与えられるのは、その身を王家と国に捧げる対価に過ぎません。つがい様が本当にただ贅沢な暮らしだけがお望みであれば、しがらみだらけの王妃などではなく、そのまま婚約者と結婚なさったはずですわ」



 よどみなく正論を紡ぐ皇女にフレデリクは気圧されつつある。アルベルティーヌも感心してしまった。

 ヨゼフィーネ皇女はフレデリクと同じ歳のはずだが、才知も王族としての心構えもフレデリクをはるかにしのぐ。これほど優秀な皇女を、ヴァレリアン三世はよくもラマリアンへ輿入れさせてくれたものだ。



(……いいえ、逆かしら)



 仮にも一国の王であり、従うべき夫になるフレデリク相手に一歩も退かず、通すべき筋は通す。その強さと才覚があると見込まれたからこそ、彼女は花嫁に……いや、彼のお目付け役に選ばれたのだ。

 アルベルティーヌはそう直感し、同時に恐ろしくなる。自分たち以外の誰も知らぬはずの真実を調べ上げ、大切な正嫡の皇女を遣わし、一国の王をひざまずかせる。それはすべてアルベルティーヌのためなのだ。



「当たり前なのですよ、ティーヌ」



 彼がアルベルティーヌの目を覆っていた手を外し、恍惚と微笑みかけてきた。アルベルティーヌを当然のごとく膝に乗せ、ヨゼフィーネ皇女たちを見据える姿は喜劇を観賞する賓客のようだ。少なくとも床に転がされたフレデリクよりは、ずっと帝王然としている。



「この世のものは全部、全部ティーヌのためにあって、誰もがティーヌのために働くのは当たり前なんです。ティーヌはなにも心配しなくていい」

「……」

「もちろん、俺も。全部全部ティーヌのもの」



 ささやきはアルベルティーヌさえ聞き惚れずにはいられないほど甘いのに、アルベルティーヌ以外の誰もこちらに注意を払わないのは異様だった。マルタンやフレデリクさえ、こちらを見ようともしない。



 それだけヨゼフィーネ皇女の言動が衝撃的だったから?

 いや、そうではない。まるで不可視のベールが彼とアルベルティーヌだけを覆い隠しているかのような。



「根拠の二つ目。ましてやつがい様は婚約者のおられる、齢たった十五の深窓のご令嬢でいらした。病に伏せているとはいえ、男をたぶらかす手管などご存知のはずがない。少し考えればわかるでしょうに」



 不可視のベールの向こう側で、喜劇は続く。堂々たる居住まいで二本目の指を立てるヨゼフィーネ皇女が主演女優なら、ぎりっと歯を軋ませるフレデリクは悪役、青ざめ震えるマルタンは端役か。



「……悪女は、生まれながらに男のたぶらかし方を知っているものだろう」

「でしたら貴方は生まれながらの王子でいらっしゃいますけど、生まれつき王族としての教養や礼儀作法が備わっていましたの?」

「っ……、そういうことではない。私は」

「そう、そういうことではありませんわ」



 ヨゼフィーネ皇女はフレデリクの言葉をぴしゃりとさえぎった。フレデリクはこめかみに青筋を浮かべる。たった一人の世継ぎとしてちやほやと育てられた王宮には、フレデリクをぞんざいに扱う者などいなかった。



「重要なのは、つがい様が王妃に……先王陛下がすぐに身罷られたので王太后になられたわけですけど、そのことで最大の利益を得たのは誰か、ということですわ」

「……、考えるまでもないだろう。あの、ば……王太后だ」



 売女、と言いかけ、慌てて改めたのは、焼き尽くされかけた恐怖が染み込んでいるからだろう。

 ふ、とヨゼフィーネ皇女は憫笑した。



「フレデリク陛下。貴方ですわ」

「なに……」

「つがい様が王太后になられることで最も利益を得たのは、貴方だと言っているのです。……本来なら王位を継げなかったはずの王子様」



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