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悪女王太后ですが、実は帝国の神獣のつがいでした  作者: 宮緒葵(旧:ペコラ)


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15・ラマリアン王宮の騒動

「わかりました。じゃあ当初の予定通り『王宮からも社交界からも縁を切って優雅な隠居生活』の方針でいきましょう」



 またもやあっさり頷く侍女に、アルベルティーヌは小さく頭を下げた。



「ありがとう。ごめんなさい……貴方にはいつも苦労ばかりかけてしまうわね」

「お嬢様と一緒にいられるなら、なにも苦労じゃないです。私だけは、これからもずっとおそばに置いてくださるんでしょう?」

「もちろんよ。ニコレットは私の大切な侍女だもの」

「お嬢様も、私の大切なお嬢様です」



 微笑み合う主従を、紅茶の優しい香りが包んだ。





 女主人と忠実な侍女が穏やかなひとときを過ごす一方、穏やかとは無縁の混乱に陥っているのはラマリアン王宮だった。



 ゆっくり進むアルベルティーヌとイグニアディスたちを追い越し、ヨゼフィーネ皇女とフレデリク一行は最速で王都へ帰還したのだ。お目付け役兼王妃になるため輿入れしてきた皇女としては、いつイグニアディスたちが到着してもいいよう、最低限の『地ならし』を済ませておかなければならなかった。



 皇女一行が予定よりかなり早く到着した時、出迎えた貴族や宮人たちはどよめいた。宗主国からの花嫁を迎えるため華やかに装い、意気揚々と出立したはずの王宮の面々はげっそりと疲れ果て、幽鬼のごとき有り様だったからだ。



 しかも『悪女王太后』からやっと王権を取り戻し、最高の花嫁を得て人生の絶頂にいるはずのフレデリクは、心ここにあらずといった風情で、迎えの人々へのねぎらいもそこそこに私室へ引っ込んでしまった。そのかたわらに、『悪女王太后』の実父でありながら娘とはかけ離れた忠義の臣だと名高い宰相マルタンの姿がなかったことが、混乱に拍車をかけた。



 とどめを刺したのは、皇女から出された声明だ。



『王太后アルベルティーヌは、本日をもってその地位を退く』

『アルベルティーヌは帝国の神獣イグニアディスのつがいである。アルベルティーヌへの侮辱は、帝国及び神獣への侮辱とみなす』

『宰相マルタンはアルベルティーヌの名誉と尊厳を不当に貶めた罪により、宰相の地位を剥奪し、モンタイト公爵夫人と離婚の上、貴族籍からその名を削る』

『マルタンと共謀、及び加担した者には、調査の上、相応の罰を下す』



 ヨゼフィーネ皇女は同時に先王ジェロームが孫を王位に就けたいあまり無垢な令嬢を犠牲にしたこと、実父のマルタンが止めるどころか積極的に娘を『悪女王太后』に仕立て上げたことも暴露した。アーティファクト『ユニコーンの瞳』によってアルベルティーヌの潔白が証明されたことも。



 アルベルティーヌは病床の王をたぶらかし、見目麗しい男たちを褥にはべらせ、浪費の限りを尽くした悪女。フレデリクは悪女の専横にも負けず、正統なる王位をやっと取り戻した輝かしい新王。



 あまたの人々にとっての『常識』がくつがえされた瞬間だった。



 アルベルティーヌの真実を知る、あるいは知らずとも彼女が噂されるような『悪女王太后』ではないと信じてきた少数の人々は、ようやく名誉が回復されたことを心から喜んだ。



 対して噂を信じ込み、アルベルティーヌを公然と侮蔑し、嘲笑してきた大多数の人々。ほとんどが国王派の貴族だが、彼らは得意の絶頂から絶望のどん底へ叩き落とされてしまった。



 退位しようとアルベルティーヌはラマリアン随一の名門、モンタイト公爵家の令嬢であることに変わりはない。母の公爵夫人、兄の次期当主オーギュストはアルベルティーヌを可愛がってきた。公爵家唯一の『汚点』だったアルベルティーヌの潔白が証明された今、かの家の権威は汚名にまみれた王家のそれを上回るかもしれない。



 なにより、神獣だ。

 帝国に永き繁栄をもたらしてきた紅の獅子。



 そのつがいとなったアルベルティーヌは、イグニアディスはもちろん、帝国皇帝ヴァレリアン三世の絶対的な庇護も得た。王妃となるヨゼフィーネ皇女より、国王フレデリクよりも高い権威と影響力を有する。そんな令嬢の不興を、国王派の人々は買ってしまっているのだ。



 いや、『不興』などという表現はまだ生易しい。アルベルティーヌはきっとこれまでの仕打ちに憤り、神獣の腕の中で復讐の炎を燃やしているにちがいない。



 アルベルティーヌが聞けば『復讐なんかに無駄な時間を費やすくらいなら、さっさと楽隠居するに決まっているでしょう』と呆れただろう。だがアルベルティーヌの真の姿を知らない国王派の人々はどうにかして彼女の怒りを解かなければ、あわよくば取り入ることができれば、と都合よく目論んだ末――。





「婚儀の延期だと? どういうことだ」



 フレデリクは先触れもなく訪れたヨゼフィーネ皇女を剣呑に睨んだ。間もなく妻になるはずの少女は、見た目は愛らしく、正妃腹の皇女という最高の血筋の女だが、好意など抱けそうにない。



「当初の予定通り婚儀を挙げるのは、不可能だからですわ」

「不可能……? 段取りはすべて済んでいるはずだぞ」



 企画したマルタンは失脚してしまったが、企画そのものに問題はないはずだ。

 フレデリクはフレデリクなりに、己の立場の危うさを理解していた。彼の地盤と信念を支えてきた『悪女王太后』――恥ずべき売女ばいたに、実は支えられていた。絶対に受け入れたくないし、今でも悪夢でも見ているのではないかと思っている。



 だが事実であるならフレデリクの王位は砂上の楼閣も同然だ。『悪女王太后』、忠臣マルタン。フレデリクを王たらしめていた基盤のどちらも失われてしまったのだから。



 だが幸い、新たな基盤となるべき女が――帝国皇女ヨゼフィーネがいる。彼女を王妃とすればフレデリクもヴァレリアン三世の義息子として、帝国の後ろ楯も得られる。



 夫を立てるどころかさかしらにふるまい、窮地に追い込んだとんでもない女だが、いずれフレデリクが躾けてやればいいと思っていた。そのためにも、一刻も早く婚儀を済ませなければならないのに。



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― 新着の感想 ―
まだ、そんな事思ってるのか……。 皇女の後ろ盾がつくなら、フレデリク以外の継承権持つ人たちを選べるんだぞ〜!
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