14・私の可愛いアディ
「なるほど。そういうことだったんですね、理解しました」
アルベルティーヌが思い出したばかりの前世の記憶を語り終えると、ニコレットは無表情に頷いた。正気を疑われるかもしれないと恐れていたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、あっさりと。
「……信じるの? 私が言うのもなんだけど、相当荒唐無稽な話だと思うわよ」
「輪廻転生なんて、ラノベじゃ珍しくもなんともない鉄板設定じゃないですか」
「『らのべ』?」
「あ、えっと、東峽の娯楽本です。庶民の読むものなので、貴族は知らないと思いますけど」
ニコレットの故郷である東峽は、ラマリアン王国やグエル帝国のある大陸からいくつもの海を渡った先、東の果ての島国だ。あまりに遠いので正式な国交を結んだ国はなく、時折運ばれてくる貿易品はどれも高値で取り引きされる。東峽の美術品専門の蒐集家がいるほどだ。
ラマリアン王宮にもいくつか東峽の陶器や書物があるが、『らのべ』は見たことがない。ニコレットの言う通り、庶民の読み物なのだろう。
「そうじゃなくたって信じますけど。だってお嬢様が嘘をつくわけがないんだし」
「ニコレット……、……ありがとう。少し心が軽くなったわ」
「だったら良かったです。……それでお嬢様が気になってるのは、前世のお嬢様の犬候補が、どうして今、帝国の神獣になってるのかってことですか?」
「そうね。他にも気になることはたくさんあるけれど、一番はやっぱりそれだわ」
前世のアルベルティーヌであるセレスティーヌが死んだのは約三百年前。グエル帝国が神獣の加護を得たのは五百年以上前。
前世のイグニアディス……セレスティーヌの犬になりたがっていたアディは、セレスティーヌの死の直前までは確実に生きていた。それからすぐにセレスティーヌの後を追ったとしても、当時すでに帝国の神獣は存在していたのだから、アルベルティーヌのように転生したわけではない。
「実はイーグレット卿みたいに森人の先祖返りだった、なんて可能性はないんですか?」
長命で有名な森人の血が混ざると、人間も寿命が長くなる。カミーユは外見こそアルベルティーヌとさほど変わらないが、実年齢はマルタンより上だったはずだ。
「可能性がないわけではないけど、あの子の見た目はセレスティーヌが死んだ時と変わらないのよ。三百年以上若いまま生き続けるなんて、純血の森人でもなければ不可能でしょう」
セレスティーヌのアディはけた外れの魔力と知能の主ではあったが、人間だった。
それに純血の森人だったら小国が購えるほどの高値がつくと言われる。たったの銀貨三枚で投げ売りなどされなかっただろう。
ニコレットが首を傾げた。
「森人じゃないけど森人並みの魔力と知能の子ども、ですか。そもそも、そんなのがどうして奴隷なんかになってたのかが謎なんですが」
「前世の私も聞いてみたけど、答えてくれなかったのよね。奴隷商人はすぐ別の国へ移動してしまったから、問い合わせられなかったはず」
アルベルティーヌはよみがえったばかりの記憶を探る。
現代と同じく、三百年前にも犯した罪を償うため奴隷身分に落とされた刑罰奴隷、敗戦国から戦利品として連れ去られてきた戦争奴隷、大金を得るため自らを売り払った借金奴隷など、様々な種類の奴隷が存在した。犯罪組織によってさらわれ、売られてしまった犯罪奴隷と呼ばれる奴隷もいるが、これは非合法だ。
体裁だけは気にする前世の両親が犯罪奴隷を娘にあてがうはずがない。ならばアディは刑罰奴隷か戦争奴隷、借金奴隷のどれかだったはずだ。幼い子どもが多額の借金などするわけがないが、今も昔も、己の借金の返済のため、我が子を奴隷として売り払う親は少なくなかったから。
アディを売った奴隷商人なら、どんな経緯で彼を『仕入れた』のか当然知っていたはずだ。購入時にもっとしっかり確認しておくのだったと後悔しても、もう遅い。
「一度出奔して、次に戻った時は傭兵王ですか。とんでもない出世速度ですよね。亡くなる寸前の前世のお嬢様の前に現れた時は、何になってたんでしょうか」
「さすがに聞き出す暇はなかったけれど、さらに出世していたんだと思うわ。前よりも豪華な鎧を着けていたから」
「豪華な鎧で、怒り狂う暴徒を掻い潜ってお嬢様のもとへ……」
ニコレットは顎に指を添え、なにやらじっと考え込む。
「ニコレット?」
「あ……、いえ、すごい執着心だと思っていたんです。今も昔も、お嬢様はその手の男を引き寄せる特別なフェロモ、いや才能をお持ちなんですね」
「欲しくないわ、そんな才能……」
げんなりするアルベルティーヌのため、ニコレットは手際よく紅茶を淹れてくれる。高級宿備えつけの茶葉は馥郁たる香りとさわやかな美味しさで、疲れきった身体が優しく癒やされていく。
「……それでお嬢様は、どうなさるおつもりなんですか?」
ほうっ、と息を吐いた時、ニコレットは穏やかに問いかけてきた。いつもと変わらぬ口調と態度がありがたい。
「どうって、前と変わらないわ。貴方にはもう何度も話したでしょう?」
「結婚も王家も貴族ももううんざりだから、風光明媚な田舎の屋敷に引きこもって優雅な隠居生活、ですか。私は神獣様のつがいもアリだと思いますけどね」
「えっ? どうして?」
以前のニコレットは隠居生活に大賛成してくれていたはずだ。
突然の手のひら返しに目をぱちぱちさせていると、黒髪の侍女は紅茶のお代わりを注いでから答えた。
「だってこんなことになった以上、お嬢様がどんなに『王太后は降りました、もう王家とはなんの関わりもございません』と言い張ったって、面倒事はわんさか押し寄せてきますよ。面倒な人たちも。だったらいっそ全部まるっと認めてつがい様になって、神獣様って最強の後ろ楯を得た方が面倒は少ないですよ」
「……否定できないわ」
マルタンは娘を悪女に仕立てる最低男だが、宰相としては間違いなく優秀だった。そのマルタンが突然罪人として捕縛され、宰相の座を追われれば、王宮は大混乱に陥るはずだ。
フレデリクはさすがに表立って罰を受けることはないだろうが、ヨゼフィーネ皇女は夫になるはずの彼に辛らつだった。従順な女が好みのフレデリクとは、かの第三皇女とは別の意味で最悪の相性だ。今さら婚儀がくつがえることはないにしても、あの二人が人並みの夫婦になれるとは思えない。
なにより……イグニアディス……。
「……それでも、私の心は変わらないわ」
アディ。私の可愛いアディ。
「私は今度こそ捨てるの。……彼を……」




