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悪女王太后ですが、実は帝国の神獣のつがいでした  作者: 宮緒葵(旧:ペコラ)


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13・悪女王太后の『愛人』たち

「お嬢様、誰にすがられても助けたりなさらないでくださいね。お嬢様はもう自由の身なんですから」



 数時間後、宿舎に定めた街の高級宿に到着し、最高級の貴賓室に通されてすぐ、ニコレットが真顔で警告してきた。アルベルティーヌは思わず苦笑してしまう。



「真っ先に言うのが、それ?」

「そりゃあ、一番大切なことですもん。お嬢様はお人好しだから、さんざん悪女だの売女ばいただのほざいたクソ野郎どもにも手を差し伸べてしまいそうで怖いんですよ」



 イグニアディスが別室へ移動し、皇女が付けてくれた使用人たちも退出させて二人きりになったせいか、いつも以上に歯に衣着せぬ物言いだ。ヨゼフィーネ皇女が聞いたら卒倒してしまいそうだが、一切の虚飾のない言葉にはいつも励まされていた。



「いくら私でも、そこまではしないわよ。お母様やお兄様たちなら、神獣様を怒らせるような真似はしないだろうし」



 実家の母と兄オーギュストは、娘を王家の生け贄に差し出したマルタンに愛想を尽かし、絶縁を叩きつけている。マルタンと母は形式上まだ夫婦だが、マルタンは公爵邸を追い出され、王宮の一室で寝起きしている状態だ。

 最も高貴な王女の娘である母の力をもってしても、アルベルティーヌを王太后の地位から解放することはできなかった。母は己を責め、せめてもの償いにと王宮で苦しい暮らしを強いられる娘にあらゆる援助を惜しまなかったのだ。オーギュストも実質的な公爵として、公式の場でアルベルティーヌをエスコートし、悪意の盾になつてくれた。



 大切な家族が、イグニアディスを怒らせるわけがない。



「公爵夫人と若様ならそうでしょうけど、イーグレット卿たちはどうでしょうか……」



 イーグレット卿――カミーユ・イーグレットは、アルベルティーヌの『愛人』たちの一人。最初の『愛人』でもあるため、自然と彼らのまとめ役、愛人筆頭の地位についた男である。



 元は王宮勤めの兵士だったが、人間の国では迫害される森人エルフの血を引き、その血が先祖返り的に強く出たせいで、優秀な弓術と風魔法の遣い手であるにもかかわらず冷遇されていた。ある日、とうとう上司に理不尽な言いがかりをつけられ、暴力を振るわれた上に追い出されそうになっているところへたまたま遭遇し、アルベルティーヌはとっさに『愛人にする』と言い張り助け出したのである。



 お飾りに過ぎない『悪女王太后』がカミーユを救うには、自身の悪評を利用するしかなかった。

 政略結婚を強いられる貴族夫人が愛人をはべらせるのは、暗黙のうちに認められた権利だ。跡継ぎになる男子を産んだ後、という条件付きだが、未亡人のアルベルティーヌには関係ない。



 カミーユを『愛人』として王太后宮に引き取った時も、あの女ならやりかねないと納得され、どこからも文句は出なかった。フレデリクはさんざん罵倒してきたが、いつものことだ。



 以来、前例ができたアルベルティーヌは開き直り、カミーユのように理不尽な理由で冷遇されている人材を『愛人』として引き取っては働かせてきたのである。中には祖父より年上のご老体や十歳未満の少年も交じっているのに、あの女ならやりかねないと納得されたのには釈然としなかったけれど。



 カミーユは今回のラザレース行きには同行せず、王太后宮の留守を守ってもらった。アルベルティーヌと一緒に来た『愛人』たちは一足先に王都へ帰還したから、もう今回の一件について知ったかもしれない。



「カミーユたちだって大丈夫よ。彼らなら帝国の神獣が突然現れようと……どんな不測の事態にだって冷静に対応してくれるはずだわ」

「いや、そういうことじゃなくて、彼らは知ったわけですよね? お嬢様がクソ宰相のせいで王太后にされたことも、王太后から降りて王宮を出て行くことも」



『愛人』たちには、ヨゼフィーネ皇女がフレデリクと婚儀を済ませ、正式な王妃になった時点でマルタンとの契約とその事情について明かすつもりでいた。彼らを信じていなかったわけではなく、アルベルティーヌの事情に巻き込みたくなかったのだ。



「確かに直接説明できなくて申し訳ないと思うけれど、帰還したらちゃんと話すつもりで……」

「そうじゃない、そうじゃないです、お嬢様。真実を知ったあの狂信者どもの堪忍袋の緒が切れて、クソ王とクソ宰相を闇討ちしに行った挙げ句、王宮を制圧するんじゃないかってことですよ」

「せ、……制圧? …………狂信者?」



 物騒な言葉の連発に、アルベルティーヌはすみれ色の瞳をぱちぱちとしばたたく。冗談かと思ったが、ニコレットは真剣だ。



「宰相はどうでもいいですが、あんなクソ王でも国王で、ヨゼフィーネ皇女の夫であることに変わりはありません。王妃になるために輿入れした皇女の身分を危うくしたという口実を得れば、あの神獣様は嬉々としてお嬢様に迫ってくると思いますよ。『さあティーヌ、今度こそ俺を貴方の犬にして』って」

「……」

「私はあの神獣様ならやりかねないと思ってます。なんていうか……どこまで逃げても追いかけてきそうで……」



 アルベルティーヌは内心舌を巻いた。ニコレットが鋭いのはわかっていたが、イグニアディスと接した短い間に彼の本質をもう理解している。



(……ニコレットなら、わかってくれるかもしれない)



 アルベルティーヌの前世――滅びた王国の王妃だったセレスティーヌを。セレスティーヌに拾われ、運命を激変させられてしまった少年を。



 すがるような思いが芽生え、アルベルティーヌは気づいた。イグニアディスの勢いに流されていただけで、自分はずっと誰かに助けを求めたかった……悩みを分かち合いたかったのだと。



 ごくんと息を呑み、アルベルティーヌは問いかける。



「……ねえ、ニコレット。聞いてくれる?」



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