腐臭漂う宮殿、あるいはインフラの逆襲
かつて牡丹の香気が満ちていた御花園を、今は粘りつくような酸っぱい腐敗臭が支配している。
「地上の楽園」と謳われた優雅な回廊は、たった数日でその機能を停止し、排泄物と腐肉の匂いが滞留する巨大な閉鎖空間へと墜ちていた。
未回収の生ゴミがうず高く積まれた影では、銀色の翅を持つ蠅が金属質の羽音を立て、黒い渦となって視界を遮る。
詰まった排水路からはどす黒い汚水が溢れ出し、かつては鏡のように磨き上げられていた石畳を、ぬらぬらとした油膜で汚染していた。
「いやあああ! 臭い! 誰か、誰か片付けなさいよ!」
「お風呂に入りたい……もう三日も身体を拭いていないのよ! 肌が痒い!」
高価な西域の香油を頭から浴び、その刺激臭で腐臭を上書きしようと足掻く妃嬪たちが、喉を潰さんばかりの周波数で叫んでいる。
だが、その物理的な振動に応える者はいない。
末端の血流を担う使用人たちは、一様に姿を消している。
あるいは、申し合わせたように「急な腹痛」という名のサボタージュを選択し、不潔な寝床で沈黙を守っていた。
混乱の極地は、潔癖という名の「不文律」で塗り固められた皇太后の居室だった。
氷のロジスティクスが断絶した室内は、陽光の熱が蓄積され、肌を刺すような熱気が澱む蒸し風呂と化している。
彼女が纏う最高級の白絹は、洗濯というメンテナンスを失い、皮脂と老廃物が酸化して黄ばみ、饐えた臭いを放ってその肌に不快に張り付いていた。
(……インフラを支えているのは誰か。その答え合わせの時間ね)
私は、地下牢の石灰質の壁に背を預け、冷たい硬度を背骨に感じながら看守たちの低い呟きを拾っていた。
彼ら自身の食事の配給も滞り、その空腹が「なぜ仕事が回らないのか」という怒りへと変換されていく。
「もう限界だ」「皇太后様は何をしているんだ」「俺たちまで飢えさせる気か」――。
その血走った視線と、胃の腑が鳴る音の重なりは、私にとってどんな雅楽よりも心地よい勝利の旋律だった。
この城は、血管が詰まり、壊死の始まった巨大な心臓だ。
末端の血流が停止すれば、どれほど赭黄の衣で飾り立てようとも、内側から腐り落ちるしかない。
権威。伝統。
そんな実体のない概念では、目の前の生ゴミ一つ、物理的に排除することは叶わないのだ。
私は冷え切った石床の上で、壁に刻んだ「ストライキ計画書」の最終項を指先でなぞった。
計算通り。
旧弊なシステムの耐久限界点は、今まさに、音を立てて突破されようとしていた。
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