表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第3部『御前プレゼン』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/123

格子越しの交渉、あるいは需要と供給の再定義

午後。

地下牢の(よど)んだ空気を切り裂き、重心の定まらない不規則な足音が石畳を叩いた。







現れたのは、皇太后の最側近たる筆頭宦官(かんがん)だ。

数日前までの傲岸(ごうがん)さは影を潜め、土気色の肌には死斑のような(くま)が深く刻まれている。




額の生え際からは脂ぎった汗が絶え間なく溢れ出し、高級なはずの絹の襟元には、()えた体臭と後宮の至る所で溢れ出した汚物の粒子が、目に見えるほどの不快な膜となって付着していた。




「……(リン)氏。起きろ!」




――ガシャン! ガシャン! 




彼は震える拳で鉄格子を乱暴に叩いた。

冷え切った鉄の振動が回廊に反響し、私の鼓膜を不快に揺さぶる。その声は裏返り、制御を失った機械のようにヒステリックな高音を垂れ流していた。




「反乱を止めろ! 部下たちに職場復帰を命じるのだ! これは皇太后様の慈悲深い命令だぞ!」




命令。

現状の損益分岐点(そんえきぶんきてん)さえ見誤っているその発言に、私は壁に刻んだ炭の計算式から視線を逸らさず、強張った肩をゆっくりと回した。




大きく、わざとらしい欠伸(あくび)と共に顎の筋肉を緩め、ようやく彼を網膜に映し出す。




「反乱? 人聞きの悪い。これは単なる『業務プロセスの不全』です」




座り込んだまま、視線の角度だけで彼を「不適格な管理者」として定義し、冷徹な一瞥(いちべつ)を贈る。




「現場の士気が下がり、人員配置が最適化されていないだけのこと。……復旧には、正規の管理者(マネージャー)による指揮権が必要です」




「ふざけるな! 貴様ごとき罪人が、条件をつけるつもりか!」




「条件ではありません。『適正価格の提示』です」




私は、石の冷たさが染み付いた膝を押し上げ、格子の前へと音もなく歩み寄った。

垂直に屹立(きつりつ)する鉄の棒の隙間から、細い指を三本、彼の鼻先に突き立てる。



◆◇◆



一。私と、ここにいる全ての無実の女官の即時釈放。


二。女官たちの待遇改善と、未払い賃金の全額支払い、及び特別手当の支給。


三。今後、私の業務に皇太后派は一切干渉しないこと。



◆◇◆



「なっ……! そのような法外な……! 皇太后様が認めるわけがない!」




「お断りですか? ……結構です。では、どうぞご自分たちで溢れかえったゴミを片付け、汚れた下着の洗濯をなさいませ」




交渉のテーブルを蹴り飛ばし、私は再び壁の炭跡に向き直った。




「ああ、それから。今の衛生状態だと、あと二日でチフスかコレラが発生する確率が八十%を超えます。免疫力の落ちたご老人には、致命的でしょうね」




『疫病』。その単語が空間の酸素を奪った。

宦官の喉がヒュッと鳴り、喉仏(のどぼとけ)痙攣(けいれん)するように上下する。




需要と供給の均衡(バランス)は、すでに地表から消失している。

今、この空間で価格決定権(プライシング・パワー)を握っているのは、最高権力者の代理人ではない。唯一の解決策を持つ『売り手』であるこの私だ。




代替人員を再調達するコスト、教育に要するリードタイム、そしてその間に爆発するバイオハザードのリスク。

これらの変数を天秤にかければ、出力される解は一つしかない。




宦官は歯の根が鳴るほどに奥歯を噛み締め、爪が掌に食い込むほど拳を握りしめた。

彼は憎悪に焼かれた瞳で私を射抜こうとしたが、その視線はすでに、決定的な敗北を悟った『敗走兵』のそれへと崩れ落ちていた。




(きびす)を返して駆け去る彼の背中に、石畳を叩く慌ただしい音が虚しく響く。




……勝った。



◆◇◆

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ