闇を駆ける足音、あるいは真夜中の侵入者
丑三つ時。
地下牢の空気は、吐き出された二酸化炭素と湿った土の匂いが混じり合い、肺の奥にどろりと沈殿している。
ネズミの爪音さえ消失した、鼓膜が痛むほどの完全な真空。
――ドサッ。
不意に、回廊の曲がり角の向こうで、物理的な質量が石床に衝突する音が響いた。
それは穀物袋を投げ出したような鈍い衝撃音でありながら、どこか生々しい「肉」の重なりを感じさせる湿った響き。
一度、二度、三度。
看守たちの意識が、音もなく刈り取られていく「現場」のノイズが、地下の静寂を塗り替えていく。
(……不測の事態? 警備体制の破綻かしら)
私は湿った藁を蹴って身を起こし、鉄格子に顔を押し当てた。
冷え切った鉄の棒が頬の熱を奪い、錆びた金属の臭いが鼻腔を突く。
ヒタ、ヒタ、ヒタ。
足音は、皮膚が石を撫でるような驚くべき静謐さを保ちながら、確かな殺気と意志を伴ってこちらへ直線的に伸びてくる。
闇の奥から滲み出してきたのは、粗末な葛の布で編まれた黒いフードを目深に被った、長身の影。
その人物は、私の牢の前で動きを止めると、革手袋に包まれた指先でゆっくりとフードを撥ね上げた。
「……鈴」
格子を透過した青白い月明かりが、その貌を鋭利に切り出した。
李宵。
この帝国の最高経営責任者が、なぜ汚穢とアンモニア臭が滞留する、この「監獄という不採算部門」の最深部に立っているのか。
「へ、陛下!? どうして……ここには護衛も……」
「……全部、寝てもらった」
短く吐き出された言葉は、チェロの低音のように重く、それでいて微かな震えを孕んでいる。
彼はそのまま、私の指先を求めるように鉄格子を両手で掴み上げた。
ガチャンッ、という鎖の悲鳴。
檻の中に雪崩れ込んできたのは、この場にはあまりに場違いな、凛とした「龍脳」の香気。
高貴な紫宸殿の香りが、腐敗した空気の壁を強引に切り裂き、私の肺を満たしていく。
そこに混じる、微かな、けれど確かな鉄錆の臭い。
彼は、鉄格子の隙間から私の輪郭を食い入るように見つめ、喉の奥で長く、熱い呼吸を漏らした。
黄金の瞳が月光を反射し、潤んだ熱を湛えて揺れている。
その視線は、壊れやすい硝子細工を検品するかのように、執拗に私をなぞり続けた。
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