魔女裁判、あるいはエクセルのない時代の悲劇
紫宸殿の広大な空間が、幾十もの喉から放たれる振動で震えている。
天井の梁にまで反響する怒号が、鼓膜を執拗に叩き、肺の空気を強制的に震わせる。
「妖術だ! あの女は、得体の知れない記号を羅列し、国を操ろうとしている!」
「皇后が来てからというもの、先祖代々の典礼が『不採算』の一言で切り捨てられた! これは天への明白な反逆だ!」
皇太后派の高官たちが、口角から飛沫を散らし、私を指差す。
彼らが握りしめているのは、私が導入を指導した「複式簿記」の帳簿だ。
だが、墨で書かれた左右対称の均衡は、彼らの目には理解不能な「呪文」として映り、未知への恐怖が憎悪へと変換されていく。
「静粛に! ……林鈴の改革は、国庫の余剰金を三割増加させた。この数値こそが、何よりも確かな実績だ!」
一段高い玉座から、李宵の声が雷鳴のように響く。
彼の指先が椅子の肘掛けを強く握り、漆が軋む音を立てている。
だが、その正論は、皇太后が扇子を開く微かな音にかき消された。
「数字? ……この改竄された偽りの記録のことであろうか?」
皇太后が、象牙の親骨を持つ扇子で、無造作に帳簿の束を弾いた。
バサリ、と乾いた音を立てて、紙束が石床に散乱する。
そこには、私の筆跡を精巧にトレースした、架空の「横領」の記録が並んでいた。
一瞥しただけで分かる、計算式の不整合。
現代の表計算ソフトがあれば、わずか一秒の整合性チェックで弾き出せる矛盾だ。だが、この世界にはそれがない。
(……アナログの全手動監査は、これだから非効率がかかるのよ)
私は、刺すような敵意を全方位から浴びながら、脳内の温度を数度下げる。
これは論理的帰結を求める「監査」ではない。異分子を排除するための、原始的な「魔女狩り」だ。
正論という名のアルゴリズムを投げたところで、受け手のOSが対応していなければ、エラーしか返ってこない。
私の周囲だけ、空気の対流が止まったような真空地帯が形成されている。
数分前まで私の「改善案」を賞賛していた中立派の官僚たちも、今は石像のように固まり、視線を床のタイルへと固定している。
孤立。
それは組織の力学が引き起こす、最も古典的な攻撃だ。
権力という名のパッチが当てられれば、事実は容易に「バグ」として処理される。
私は、微かに鼻腔を抜ける白檀の香りを深く吸い込み、思考のクロック周波数を上げた。
この理不尽な状況をどうデバッグするか。
絶望に心拍を委ねる前に、私は次の「修正プログラム」の構築を開始した。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




