幕引き、あるいは宣戦布告の急報【投稿再開予定:6月1日 19:00】
「……分かりました。お受けします」
私は、掌に沈み込む「伝国璽」の角を、指の骨が白く浮き上がるほど強く握りしめた。
肌を刺していた羊脂白玉の数千年の冷気が、私の体温という名のコストを吸収し、ゆっくりと、けれど確実に温まっていく。
この物質的な「同期」は、私の人生という全資産を、この男の野望に投下する最終合意の感触だった。
「私が貴方を、最強の皇帝にします。……その代わり、私の計算には絶対に従っていただきますよ? 不採算な情に流される残業もさせますし、宮廷の無駄な経費削減も徹底します」
「ああ。……望むところだ」
李宵が立ち上がり、私を椅子から引き起こしてその胸板へと抱き寄せた。
ドクン、と骨格が直接ぶつかり合うような、硬質な衝撃。
それは、これまでのような「対象」への庇護ではない。
背中に回された腕の、血流を止めるほどに強靭な力強さ。
それは、戦場へ赴く兵士が唯一信じられる「武器」を確認するかのような、対等な|戦略的パートナーシップ《アライアンス》の証明だった。
窓の外。月光に縁取られた長安の街並みが、深い闇の底で蠢いている。
星屑を撒いたように点在する無数の灯。
その一つ一つに守るべき命のログがあり、支払われるべき税の重みがある。
この膨大なデータを、私たちは二人で背負い、最適化していくのだ。
肺を満たす龍脳の香りが、かつてないほどに深く、甘美な酸素となって身体を巡った、その瞬間。
――ドンドンドン!!
静寂を物理的に破壊する、拳が扉に激突する音。
李宵の背中の筋肉が、瞬時に鋼鉄の硬度へと変質し、私を抱く腕に、刺すような緊張が走った。
「……入れ」
現れたのは、膝の震えが石床に伝わるほどに動揺した宦官だった。
彼は顔面を床に擦り付け、酸素を求める魚のように口を動かし、震える声でその「致命的な変数」を吐き出した。
「き、急報でございます! ……皇太后様が! 皇太后様が、予定より早く、長安に到着されました! すでに朱雀門を通過し、こちらへ向かっておられます!」
皇太后。
この国の旧弊の頂点。
その名が空間に放たれた瞬間、李宵の身体から、先程までの生々しい熱が吸い出された。
彼は私を抱く腕を解き、絶対零度の無表情で、夜の帳が降りた扉の先を見据えた。
「……来たか」
地を這う低い聲音。
そこには、これまで対峙してきた風水師や将軍といった「末端のボトルネック」とは比較にならない、底知れぬ憎悪と、氷のような警戒が澱んでいた。
――第2部『玉座の改革者』 完
――第3部『御前プレゼン』 へ続く
第2部完!
最終決戦となる第三部へ向け、再び充電期間を頂戴します。
再開は【6月1日 19:00】を予定しております。
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