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皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第2部『玉座の改革者』

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80/120

将軍の退場、あるいは爽やかな敗北宣言

カサリ、カサリ。






御花園(ぎょかえん)を通り抜ける秋風は、数日前までの粘りつく熱気を完全にパージ()し、代わりに砂塵の匂いを含んだ透明な乾きを運んできていた。






張雲(チャン・ユン)将軍の、出立のとき

彼の肉体を守っていた重厚な甲冑かっちゅうは姿を消し、代わりにまとっているのは、長旅の過酷さに耐えうる、機能性を重視した地味な旅装束だ。

手綱を握る指先が、愛馬の首を愛おしげに叩く。



「……世話になったな、皇后陛下」



彼は私に向かって、剥き出しの白い歯を見せた。

網膜を焼くようなギラついた「求婚者」の気配は霧散している。

そこにあるのは、血生臭い戦場という名の現場(フィールド)へ帰る、清々しいまでに削ぎ落された武人の輪郭だった。



「軍への勧誘は、諦めていただけましたか?」



私は、自身の職業倫理に照らし合わせるような、硬質な聲音(しょうね)で問いかけた。



「ああ。……ここ数日、お前たちの様子を見ていて悟ったよ。俺が入る隙間なんて、針の穴ほどもないってな」






張将軍は苦笑を漏らし、視線を私の右腰へと落とした。

そこには、李宵(リ ショウ)の大きなてのひらが、逃亡経路を遮断するように添えられている。






白絹の衣越しに伝わる、所有権を一方的に宣言するような強固な圧力と熱。

それは不採算(ふさいさん)な独占欲の現れだ。

けれど、その大人げない重みが、今の私にはどんな合理的な契約書よりも確かな安らぎとして、心拍を安定させていた。



「李宵。……いい『あるじ』を見つけたな。お前がここまで骨抜きにされるとは、正直傑作だ」



「……黙って行け。二度と戻ってくるな」



李宵の喉の奥で、獣のような低い振動が響いた。

対する張将軍は、その殺気すらも清涼な風のように笑い飛ばす。



「そう冷たいことを言うな。……お前らがこの国をどう変えるか、辺境から楽しみにしている」



彼はヒラリと軽やかに、馬上の人となった。

一度だけ、鞍の上で上半身を(ひね)り、振り返る。



その黄金の瞳が射抜いたのは、私ではなく、かつての探花郎(たんかろう)であり、今は孤独な改革者である李宵だった。

幼馴染としての、そして敗北を認めた男としての、熱を帯びた、けれど湿り気のない視線。



「……あばよ!」









乾いた石畳を叩く、ひづめの音。

タッタッタッ――。



そのリズムが、秋の空へと吸い込まれ、小さくなっていく。

視界の端で舞い上がった砂埃が、私の睫毛まつげに触れて消えた。



胃のの奥に、わずかな寂寥せきりょうという名の空白が生まれる。

けれど、腰に添えられた李宵の腕が、その空隙を埋めるようにさらに力を増した。



彼の龍脳(りゅうのう)の香りが、遠ざかる馬の匂いを強引に上書きし、私の世界を再び、彼という名の「聖域」へと固定していく。



◆◇◆

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

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