体温の再定義、あるいは必然の暖房
静寂に耐えきれず、私は逃げるように立ち上がった。
「……お茶を、淹れ直してきます」
その手首を、通りすがりに捕まえられた。
指の関節が白くなるほどの、硬質な拘束。
肌から伝わる李宵の体温が、秋風に晒されていた私の末端へ、確かな圧力を持って流れ込んでくる。
「どこへ行く」
「え……だから、お茶を……」
「いらん。……こっちへ来い」
有無を言わせぬ引力が、私の身体を軌道修正させた。
視界が乱暴に回転し、背後にある寝台へとなだれ込む。
――ドサッ。
分厚い綿の重みが背中を受け止め、直後に、秋物の絹を纏った彼の質量が、覆いかぶさるように私の自由を奪った。
肺が圧迫され、喉の奥が狭まる。
夏の間は「システムエラー」のように感じていた彼の熱量が、今は冷えた肌に心地よく浸透し、毛細血管を一つずつ拡張させていく。
「……陛下? もう、暑くありませんよ? 私は冷たくないですし……」
「馬鹿か、お前は」
彼は吐き捨てるように囁うと、私の首筋に鼻先を埋めた。
盤領袍の襟元から、秋の冷気に混じって、彼自身の体温で熟成された龍脳の香気が立ち上る。
深く、長く。私の脈動を確かめるような、執拗な吸引。
「涼しいからこそ、温め合う必要があるだろう。……それとも何か? お前は俺を、ただの保冷剤だと思っていたのか?」
「そ、それは私の台詞です……!」
抗議しようと唇を動かした瞬間、視界が彼の双眸に占拠された。
直後に、熱い粘膜の感触が、私の言葉を物理的に封殺した。
夏の熱病のような、発散されるだけの熱ではない。
それは、喉を焼くほどに濃密で、時間の重みを湛えた熟成葡萄酒のような口づけ。
「……林鈴。理由は要らない」
僅かに唇を離し、彼は私を見下ろした。
潤んだ黄金の瞳には、外界の景色は一切映っていない。
そこにあるのは、私という「唯一の変数」に対する、捕食者めいた純粋な執着。
「暑くても、寒くても。……俺にはお前が必要だ。体温など、ただの口実に過ぎん」
心拍の跳ねが、背骨を伝って寝台に響く。
私が必死に構築していた「季節雇用の終了」という名のロジックが、彼の体温によって瞬時に融解し、胸の奥の空洞に流れ込んでいく。
彼の指が、私の衣の帯に掛かった。
スルリ、と絹が擦れる密やかな音が、室内の酸素を奪い去る。
「冬になったら、もっと離さんぞ。……覚悟しておけ」
耳朶に直接打ち込まれた低い振動。
直後に、彼の素肌が私の皮膚と同期した。
熱い。けれど、あの酷暑の痛みはどこにもない。
それは、凍てついた思考を深部から溶かし、永遠に消えることのない、私だけの暖炉の温もりだった。
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