聖域の告白、あるいは青い炎の孤独
爪の間にこびりついた黒い煤が、洗っても洗っても落ちない。
鎮火から半刻――およそ一時間。
隠れ家である旧倉庫の静寂は、数刻前までの喧騒が嘘のように、肺の奥に沈殿した焦げ臭い空気だけを強調していた。
窓際に立つ李宵は、彫像のように動かない。
まだ微かな煙の尾を引く西の空を凝視するその背中は、赭黄の袍が煤で汚れ、ところどころ火の粉で灼き切られている。
それは、世界から絶縁された絶対君主が、独りきりで氷の檻に閉じ込められているような、凍てつく孤独のシルエットだった。
(……彼は、演算を終えている)
この業火が単なる過失ではなく、改革への致命的な「監査」であることを。
最も信頼すべき身内から心臓を狙われた、その深淵を覗き込むような静止。
「……宵」
私は、帝国の管理システムとしての呼称を捨て、ただ一人の男としての名を呼んだ。
絹が擦れる微かな音を立て、彼がゆっくりとこちらを向く。
煤で汚れた端整な貌。
その瞳の奥には、猛火よりも深い、酸素を奪い尽くされた「青い炎」のような哀しみが澱んでいた。
「……俺は、氷の玉座に座っているようだ」
独り言のように、乾いた声音が零れ落ちる。
「周囲は炎で囲まれている。……誰の手を取っても、火傷をするか、凍傷になるかだ。……この帝国で、信じられる変数など、何一つない」
弱音。
それは、剥き出しになった皇帝の脆弱な核。
彼は音もなく私に歩み寄り、震える指先を私の頬に伸ばした。
触れた指は、死体のように氷点下まで冷え切り、けれどその指先が触れた私の肌は、熱に浮かされたように火傷しそうな熱を帯びている。
「……だが、お前だけは違う。この業火の中でも、お前だけは計算を違えず、溶けずに正しい未来を示してくれる」
祈るような所作で、彼が私の額に自身のそれを押し当てた。
互いの異常な体温が、皮膚という境界線を越えて伝播される。
煤の苦さ、汗の湿り気、そして焼けた龍脳の香気が混ざり合う、生々しいまでの生存の証跡。
「……誰も信じられない世界で、お前だけが俺の計算の中にいる。……頼む、俺の前から消えるな。鈴」
それは、君主の命令ではない。
暗闇を彷徨う子供のような、切実で暴力的なまでの懇願。
私は彼の強張った背中に腕を回し、その微かな震えを、自身の体温ですべて吸い上げた。
最強の皇帝。孤独な改革者。
けれど今、私の腕の中にいるのは、ただ一人の、私の加護を必要とする「聖域」そのものだった。
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