表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第2部『玉座の改革者』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/72

分散管理の提言、あるいは論理の消火活動

――ザパァァァン!!






長安中の井戸から人海戦術でリレーされた冷水が、鉄製の激桶(げきとう)の吐水口から一気に噴き出す。

焼け焦げた木材の熱気と水が衝突し、粘り気のある白い蒸気が視覚を暴力的に奪い去った。



睫毛(まつげ)に熱い雫がまとわりつき、瞬きをするたびに視覚が白く濁る。

夜明け前、空が冷めたなまりのような色に変わり始めた頃、ようやく猛威を振るった紅蓮の牙がその勢いを削ぎ落とされた。



けれど、足元に広がるのは希望ではない。

運び出された帳簿は全体の三割に満たない。残りは消火活動による浸水で「黒い泥」と化した、文字の読めない紙屑の山だった。



「……終わりだ。重要書類の七割が焼失した……」






戸部尚書(こぶしょうしょ)が、炭化した紙片を指先で握り潰し、その場に膝を突く。

彼の官服はすすと泥で無惨に汚れ、その背中からは帝国の統治機構が音を立てて崩壊していくような、重苦しい絶望が立ち上っていた。



(……情報の単一障害点(SPOF)。バックアップを考慮せず、原本を一箇所に集中管理していた構造上の欠陥だわ)




私は煤だらけの顔を拭うことさえ忘れ、尚書の前に歩み出た。

網膜の裏側で、高速の計算式が組み上がっていく。

失われたのは「紙」というハードウェアだ。ならば、ソフトウェアである「データ」をどう復元(リカバリ)するか。



「……終わってはいません」



乾いた声が、自身の(こす)る。



「原本は消えましたが、データは残っています。……各州には、徴税のために作成された『副本(コピー)』が保管されているはずです」



「副本? だが、あれは簡易的なもので精度も低い。各地に散らばった数万の断片を照合するなど、何年かかるか……」



「いいえ。……『パレートの法則』を適用します」






私は焼け残った三割の帳簿――それは運良く、長安、洛陽、揚州といった主要大都市圏の記録だった――を、泥のついた指先で指し示した。



「帝国の税収の八割は、全体の二割に過ぎない主要都市から生み出されています。この三割の原本と各州の副本を突き合わせれば、帝国の基幹財源は直ちに復元可能です。……残りの末端の数値は、過去三年間の統計から『フェルミ推定』で論理的に補完します」






私の言葉に、周囲の官僚たちの虚ろな瞳に微かな「理性」の灯が宿る。

実体のない「絶望」という名の化け物は、計算可能な「課題タスク」へと解体された瞬間、その牙を失うのだ。



「全州に早馬を! 副本を強制回収し、緊急照合チームを編成しなさい! ……これは撤退戦ではありません。帝国の『情報の再構築(リストラクチャリング)』です!」



私の号令に、硬直していた組織が血流を取り戻したように動き出した。

馬を飛ばす衛士、書類を分類し始める書記。彼らの背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。




ふっと、意識の緊張(テンション)が緩む。

膝が、震えていた。



アドレナリンだけで立っていた身体が、急速に冷え込み始めた大気に(さら)され、限界という名の悲鳴を上げ始めていた。



◆◇◆

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ