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皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第2部『玉座の改革者』

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消失する資産、あるいは風下の再計算

肺胞の奥まで、熱せられた砂利を叩き込まれるような感覚。

酸素はすでに炎に略奪され、代わりに喉を焼くのは、重い油を含んだ(すす)だ。






西の離宮・書庫前。

そこは、耀(よう)の帝国の記憶――つまり、数千万人の「人生のログ」を保管する巨大な脳髄であり、今まさにくれないの侵食によって壊死(えし)しようとしている最前線だった。



バヂィィッ! ドォォン! 



乾燥した白木が内側から爆ぜ、繊維が断裂する音は、断末魔の悲鳴に似ている。

火勢は苛烈を極め、数刻前に私たちが開通させたばかりの「風の道」を酸素の供給路として利用し、恐ろしい流速で回廊を舐め尽くしていた。



「ああっ……! 戸籍が! 税帳が!」



「もう駄目だ、帝国の歴史が灰になる……!」



煤で顔を汚した官僚たちが、腰を抜かさんばかりに立ち尽くしている。

彼らの絶絶望は、極めて正しい。



あの中に積まれているのは、単なる古紙ではない。帝国という巨大企業の「顧客リスト(戸籍)」であり、「キャッシュフローの証跡(税帳)」だ。

これらが灰に帰せば、誰から税を徴収し、誰に公定歩合を支払うべきか、国家という名の基幹システムそのものが完全停止ダウンする。



「……皇后陛下! 貴女が壁を壊したせいです!」



一人の老官僚が、血走った目で私を指差した。

その指先の震えは、保身か、あるいは風水師としての意地か。



「貴女が風を通したから、火は勢いを増した! これは天罰だ!」



罵声が耳朶(じだ)を刺す。

胃の腑()が氷を流し込まれたように冷たく縮み上がり、心拍の振動が直接、視界を揺さぶる。



物理的な因果関係は、私の脳内ですでに演算されていた。

酸素供給量の増大は燃焼効率を最大化させる。

私の「最適化(カイゼン)」が、この火難という名の致命的なリスク(負債)を加速させたのか? 






(……いいえ。まだだ。再計算(リカルク)が必要よ)



私は、震えそうになる指を掌の熱で封じ込め、舞い散る火の粉の向こう側を()めつけた。



火の手が早いのは事実。けれど、だからこそ有毒な煙もまた、一箇所に留まらずに一方向へと排出されている。

もしあの壁があったなら、ここは巨大な「燻製室(くんせいしつ)」となり、救助を待つ人々は数分と持たずに窒息死していただろう。






「……泣き言を言っている暇があるなら、手を動かしなさい!」



私の声帯から放たれた鋭い振動が、爆ぜる音を切り裂いて現場を制圧した。

官僚たちが、呆然としてこちらを振り返る。



「風が通っているなら、煙も抜けます。……風下(かざしも)の壁をすべて開放しなさい! 煙を逃がし、視界を確保してから、人海戦術で搬出(エクスポート)を開始します!」



これは敗北による撤退戦ではない。

残存する最重要資産を守り抜くための、冷徹な「損切り(ロスカット)」という名の戦いだ。



◆◇◆

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

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