所有権の確認、あるいは理性崩壊の刻印
肺の奥に眠っていた古い埃が、乱暴な衝撃と共に舞い上がった。
バフッ、という鈍い音。隠れ家である旧倉庫の、湿気を吸って重くなった寝台へ放り出された私の身体は、重力と加速のなすがままに深く沈み込む。
逃走経路を演算する暇さえなかった。視界を塞いだのは、夕闇を切り裂くような赭黄の質量。李宵が、獣のような身軽さで私を圧し潰した。
至近距離で衝突した彼の貌は、冷徹な統治者としての均衡を完全に失っている。嫉妬という名の毒に冒され、剥き出しになった不安。その人間らしい揺らぎが、私の網膜を強く打った。
「……あの男を見たな」
「見てません! 向こうが勝手に……」
「触らせたな。……あの手で」
反論は、手首を寝台に縫い付ける鋼の握力によって封殺された。橈骨が軋む、逃げ場のない圧力。
次の瞬間、張将軍の指が触れたはずのその場所に、熱い、皮膚を焼くような熱が押し当てられた。唇という名の、所有権を上書きするための刻印。
吸い付き、牙を立て、他者の残香を執拗に駆逐していくその野蛮な食感は、愛撫という名の「債権回収」に他ならない。
「……お前は俺のものだ。髪の先も、指の爪も、その頭の中にある計算式の一つ残らず、すべて」
理性のタガが外れた指先が、私の襟元を強引に押し広げた。龍脳の香気が、彼の体温による熱分解を受け、清涼さを脱ぎ捨てていく。麝香にも似た、本能を直撃する濃密な情熱。
その時、私の肌に触れる彼の肩が、微かに、けれど絶え間なく震えていることに気づいた。
耀の皇帝。最強の改革者。その実体は今、私という「唯一の理解者」を失う可能性に、幼児のような恐怖を抱いている。その絶対的な脆弱さが、私の胸の奥に棲む監査役としての冷静さを、甘く溶かした。
(……馬鹿な人。コスト計算すらできていない)
私は抵抗を放棄し、自由になった左手を、彼の強張った背中へと回した。私が軍へ移籍する? そんな不採算で非効率な選択肢、最初から存在しない。私の安住の地(聖域)は、この不器用で、独占欲の塊で、どうしようもなく私を必要とする男の隣にしかないのだから。
「……分からせてやる。誰が主人か」
鼓膜を直接震わせる、背徳的な低音。それに答える代わりに、私は彼の首筋――脈打つ頸動脈の上へ、容赦なく歯を立てた。
龍脳の香りが、爆発的な熱量と共に部屋を支配する。それは、私からの「永久契約」の受諾。
理性の防壁が決壊する音がした。荒い呼吸音だけが、密閉された空間の酸素を奪い合う。私たちは互いの輪郭を溶かし合うように、深い闇の底へと堕ちていった。
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