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皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第2部『玉座の改革者』

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脳筋のアプローチ、あるいはヘッドハンティングの流儀

午後の御花園(ぎょかえん)




陽光が牡丹(ぼたん)の硬い葉に反射し、網膜を刺すような白い光を散らしている。

芍薬(しゃくやく)の濃密な香気が、熱を持った大気に溶け込み、肺の奥にねっとりとまとわりついていた。



公務の合間の、わずか十五分の空白(デッドタイム)

その平穏を切り裂くように、視界の端で低木の茂みが不自然に揺れた。




「皇后陛下! 探しましたぞ!」




飛び出してきたのは、重い(よろい)を脱ぎ捨て、薄手の直垂(ひたたれ)(まと)った(チャン)将軍だった。

淀みのない歩法で間合いを詰められる。

戸惑う間もなく、私の両手は彼の大きな(てのひら)の中にガシッと監禁されていた。



熱い。

皮膚から直接流し込まれるような、野性的な熱量。

指の付け根に走る硬く厚い「剣ダコ」の感触が、幾多の戦場を潜り抜けてきた武人の履歴を無言で物語っている。




「張将軍……。ここは後宮です。外官の立ち入りは、厳格なコンプライアンスによって制限されているはずですが」




「細かいことは気になさるな! それより陛下、単刀直入に申し上げます」




彼は逃げ場を塞ぐように真っ直ぐに見つめてきた。

至近距離。

彼の瞳に、困惑する自分の顔が鏡のように映り込んでいる。




「俺の嫁になってください!」




「……は?」





思考回路が、処理不能のエラー(フリーズ)を吐き出した。

耀(よう)の国母として「独占的な業務提携」を交わしたばかりの私に、この男は何を求めているのか。




「いや、言い方が悪かった。……我が軍に来てほしいのです! 貴女(あなた)の計算能力があれば、我が軍は無敵だ。戦費の計算、補給路の確保、人員配置……。貴女になら、軍の全権を任せてもいい!」




「……それは、転職(ヘッドハンティング)の勧誘ですか?」




「そうです! 皇帝の飾り物として終わるには惜しい才能だ。俺なら、貴女を戦場の花形にできる!」




飾り物。

その無礼極まりない定義に、私のコンサルタントとしての職人魂(プライド)が、小さく火花を散らした。



後宮の(よど)んだ感情労働エモーショナル・ワークよりも、軍隊という名の、数字がそのまま生死の勝敗に直結するシビアな会計監査(アカウンティング)の世界。

そのキャリアパスは、私の合理的な気質に、驚くほど滑らかに適合(フィット)する予感があった。



(……戦場の花形。不透明な情愛よりも、よほど測定可能な価値ね)



一瞬、無意識に指先が空中でスプレッドシートをなぞる動きを見せたのを、彼は好機と捉えたらしい。

ぐい、と重心を傾け、彼の顔がさらに数センチの距離まで迫る。




「どうです? 悪い話ではないでしょう。俺は皇帝のように堅苦しくないし、貴女の自由を尊重しますよ」




剥き出しの白い歯と、太陽の匂いがする屈託のない笑み。

その直球すぎるアプローチは、からめ手と不文律ばかりの宮廷生活に疲弊していた私の神経を、一瞬だけ弛緩(しかん)させた。



だが。



彼の背後、咲き誇る花々の色彩が、不自然なほど急速に退色していく。




肺の奥にまで入り込んでいた花の香りが、一瞬にして凍てつくような龍脳(りゅうのう)の冷気へと塗り替えられた。

背筋を駆け抜ける、鋭利な刃物を突きつけられたような殺気の膨張。



この能天気な将軍は、まだ気づいていない。

自分たちの頭上に、巨大な「絶対零度の凶器」が振り下ろされようとしていることに。



◆◇◆

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

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