脳筋のアプローチ、あるいはヘッドハンティングの流儀
午後の御花園。
陽光が牡丹の硬い葉に反射し、網膜を刺すような白い光を散らしている。
芍薬の濃密な香気が、熱を持った大気に溶け込み、肺の奥にねっとりとまとわりついていた。
公務の合間の、わずか十五分の空白。
その平穏を切り裂くように、視界の端で低木の茂みが不自然に揺れた。
「皇后陛下! 探しましたぞ!」
飛び出してきたのは、重い鎧を脱ぎ捨て、薄手の直垂を纏った張将軍だった。
淀みのない歩法で間合いを詰められる。
戸惑う間もなく、私の両手は彼の大きな掌の中にガシッと監禁されていた。
熱い。
皮膚から直接流し込まれるような、野性的な熱量。
指の付け根に走る硬く厚い「剣ダコ」の感触が、幾多の戦場を潜り抜けてきた武人の履歴を無言で物語っている。
「張将軍……。ここは後宮です。外官の立ち入りは、厳格なコンプライアンスによって制限されているはずですが」
「細かいことは気になさるな! それより陛下、単刀直入に申し上げます」
彼は逃げ場を塞ぐように真っ直ぐに見つめてきた。
至近距離。
彼の瞳に、困惑する自分の顔が鏡のように映り込んでいる。
「俺の嫁になってください!」
「……は?」
思考回路が、処理不能のエラーを吐き出した。
耀の国母として「独占的な業務提携」を交わしたばかりの私に、この男は何を求めているのか。
「いや、言い方が悪かった。……我が軍に来てほしいのです! 貴女の計算能力があれば、我が軍は無敵だ。戦費の計算、補給路の確保、人員配置……。貴女になら、軍の全権を任せてもいい!」
「……それは、転職の勧誘ですか?」
「そうです! 皇帝の飾り物として終わるには惜しい才能だ。俺なら、貴女を戦場の花形にできる!」
飾り物。
その無礼極まりない定義に、私のコンサルタントとしての職人魂が、小さく火花を散らした。
後宮の澱んだ感情労働よりも、軍隊という名の、数字がそのまま生死の勝敗に直結するシビアな会計監査の世界。
そのキャリアパスは、私の合理的な気質に、驚くほど滑らかに適合する予感があった。
(……戦場の花形。不透明な情愛よりも、よほど測定可能な価値ね)
一瞬、無意識に指先が空中でスプレッドシートをなぞる動きを見せたのを、彼は好機と捉えたらしい。
ぐい、と重心を傾け、彼の顔がさらに数センチの距離まで迫る。
「どうです? 悪い話ではないでしょう。俺は皇帝のように堅苦しくないし、貴女の自由を尊重しますよ」
剥き出しの白い歯と、太陽の匂いがする屈託のない笑み。
その直球すぎるアプローチは、搦め手と不文律ばかりの宮廷生活に疲弊していた私の神経を、一瞬だけ弛緩させた。
だが。
彼の背後、咲き誇る花々の色彩が、不自然なほど急速に退色していく。
肺の奥にまで入り込んでいた花の香りが、一瞬にして凍てつくような龍脳の冷気へと塗り替えられた。
背筋を駆け抜ける、鋭利な刃物を突きつけられたような殺気の膨張。
この能天気な将軍は、まだ気づいていない。
自分たちの頭上に、巨大な「絶対零度の凶器」が振り下ろされようとしていることに。
◆◇◆
読んでいただきありがとうございます!
もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。
また明日[19:00]にお会いしましょう。




