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皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第2部『玉座の改革者』

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凱旋将軍、あるいは鉄と汗の異物混入

ジャラッ、ジャラッ――。



静謐(せいひつ)を至上の規律とする紫宸殿(ししんでん)の空気が、重厚な金属の摩擦音によって物理的に掻き回される。

肺の奥を沈着させる沈香(じんこう)の香りに、場違いな鉄錆(てつさび)の匂いと、皮膚を焼くような砂塵(さじん)の熱気が強引に割り込んできた。



神策軍(しんさくぐん)大将軍、チャン、ただいま帰還いたしました!」



床に叩きつけられた膝が、鈍い衝撃音を立てる。

腹の底から響くその声音は、磨き上げられた石床を震わせ、私の鼓膜を野蛮に揺さぶった。



張雲チャン・ユン



赭黄(しゃこう)の衣を(まと)った李宵(リ ショウ)の隣、皇后の座に収まった私の網膜に映るのは、真夏の太陽を(よろい)の隙間に凝縮したような、圧倒的な「陽」の質量を放つ男だ。

浅黒く焼けた精悍(せいかん)な横顔。

(よど)んだカビ臭さを一掃するその熱量は、この後宮という名の不採算(ふさいさん)部門において、明らかに過剰なエネルギー供給(供給過多)だった。




「大義であった。……辺境の賊討伐、見事な手際だと聞いている」




隣から響く李宵の声は、いつも通り絶対零度の平坦さを保っている。

けれど、彼の指先が黒檀(こくたん)の肘掛けを(わず)かに叩く規則的なリズムが、一秒間に一度、不自然に早まったのを私は見逃さない。

彼の内側で、微細な「不機嫌」という名のノイズが演算されている。



「はっ! ですが陛下、今回の勝因は私の武勇ではございません」



張将軍はニカッと白い歯を見せ、相好を崩した。

彼が懐から取り出し、高く掲げたのは、砂に汚れ、端が(めく)れ上がった一冊の書冊。



「これです。『兵站(ロジスティクス)改革案』。……この通りに輸送ルートを再編したおかげで、我が軍は一度も補給を絶たれることなく、万全の状態で戦えました。これを作成された軍師殿に、ぜひ御礼を申し上げたい!」






その表紙に記された、見覚えのある筆跡。

私の心拍が、一拍だけ不規則なスキップを刻む。



(……あれは)



先月、尚書省(しょうしょしょう)の隅で、非効率な物資調達ルートに苛立ちを覚え、ただの「在庫回転率(ターンオーバー)改善メモ」として書き散らした殴り書きではないか。

なぜあんな末端の最適化案が、前線の最高指揮官の手に渡っている。




「……それは、(ちん)の妻が書いたものだ」




李宵の声音が、一気に数オクターブ低まった。

大気中の水分が、彼の周囲で一瞬にして氷結したかのような、逃げ場のない冷気。



張将軍の瞳が驚愕(きょうがく)に見開かれ、次の瞬間、獲物の急所を捕捉した猛禽(もうきん)のような鋭さで私を射抜いた。



「皇后陛下が!? ……なんと! 美貌だけでなく、これほどの知略をお持ちとは!」



熱い。

物理的な熱量を伴った彼の視線が、私の頬の皮膚をじりじりと焼く。

左半分から押し寄せる李宵の凍てつく独占欲と、正面から叩きつけられる張将軍の灼熱の賞賛。



二つの相反する極端な気候(バイアス)の板挟みになり、私の胃袋は、早くも「コンプライアンス違反」を訴えるような鋭い悲鳴を上げ始めていた。



◆◇◆

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

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