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皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第2部『玉座の改革者』

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指先の櫛、あるいは解かれる心の糸

指先に触れる、象牙(ぞうげ)の温度。

鏡台の灯火を跳ね返すその白さは、精緻せいちな蓮の花の彫刻を浮き彫りにし、()に確かな重量感を伝えてくる。




「……それは?」



「お前のために用意させた。……これなら、髪を傷めないだろう」



背後に立つ李宵(リ ショウ)の声が、低いチェロの弦のように空気を震わせる。

彼は淀みのない動作で私の背後に回り込むと、その大きな掌で私の肩を固定した。



シュッ、シュッ……。



静寂を裂くのは、象牙が黒髪の繊維を滑る微かな摩擦音。



彼の指先は、お世辞にも手慣れているとは言い難い。時折、毛先が(もつ)れ、くしの進行が止まる。

けれど、そのたびに彼は一度動きを止め、指の腹で()れを優しく(ほぐ)していく。



鏡越しに、黄金の瞳と視線が衝突した。



そこに宿るのは、不採算部門を切り捨てる冷徹な独裁者の光ではない。

まるで、一点ものの硝子細工を検品するかのような、研ぎ澄まされた集中。

隠しようのない慈愛が、熱量となって鏡面から(あふ)れ出していた。





「……陛下。これは明確な分業体制アウトソーシングの侵害です。貴方の手が触れるような下卑た実務ではありません」



「俺がやりたいんだ。……昔、書物で読んだ故事がある」



彼は照れ隠しのように唇を(ゆが)め、首筋にかかった一房の後れ毛を指先で払った。



熱を帯びた指腹が、薄い皮膚を(かす)める。



ビクリ、と肩の筋肉が収縮し、心拍の振動が喉元までせり上がった。



京兆尹けいちょういん張敞ちょうしょうが、妻の眉を描いたという話だ。……眉を描くのは精密な設計が必要そうだが、髪をく程度なら、俺にも再現できると思ってな」



耳朶(じだ)に直接吹きかけられる、湿った吐息。



雨上がりの森を思わせる龍脳(りゅうのう)の香気が、私の身体から立ち上る清潔なサボンの匂いを、強引に上書きしていく。



「……お前の髪は、綺麗だ。上質な絹糸の束を扱っているような錯覚に陥る」



李宵は櫛を置くと、今度は()き出しの指先で私の髪を(すく)い上げた。

指の間を滑り落ちる黒髪の質量。

その感触を確かめるように、何度も、何度も。



私は、鏡の中の異邦人を凝視した。



頬は朱に染まり、瞳は熱に浮かされたように(うる)んでいる。

鉄面皮の監査役という防壁はどこにもない。

そこには、ただ一人の男の独占的な執着マーキングを、全身の毛穴で受け入れている一人の女がいた。



「……俺が髪を梳くのは、お前だけだ。……これからも、ずっと」



鏡の中の彼が、獲物を外堀から埋め立てるような瞳で宣言する。



それは、私の髪だけでなく、心という名の「不落の城」を、彼の色へと塗り替えていく、逃げ場のない契約(呪い)に他ならなかった。



◆◇◆

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

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