湯上がりの訪問者、あるいは夜風の甘い予感
湯上がり特有の、身体の内側から膨れ上がるような熱が、薄い白絹の単衣を緩やかに押し上げている。
窓から滑り込んできた夜気が、火照った首筋を撫でるたび、皮膚の表面で細かな水分の粒子が冷やされていく。
湿り気をたっぷりと吸った長い黒髪が、背中にずっしりとした重みを伝えていた。
女官たちを下がらせ、一人、長椅子に深く身を沈める。
静寂が部屋の隅々にまで行き渡ろうとした、その時。
夜風の温度が、一瞬だけ変わった。
肺の奥をくすぐるのは、雨上がりの深い森を思わせる、あの清涼でいて執拗な龍脳の香り。
コン、コン。
規則正しく、けれど私の防衛本能の境界線を容易く踏み越える、確固たる意志を持ったノックの音。
「……林鈴。入っても良いか?」
「陛下!? ……どうぞ」
扉の蝶番が微かな音を立て、平服を纏った李宵が姿を現した。
私の姿――緩んだ襟元から覗く無防備な肌と、滴る雫で色を変えた絹の質感に彼の視線が触れた瞬間。
黄金の瞳が、冬の星のような鋭さから、春の陽光に焼かれる粘土のような、熱を帯びた色調へと変質する。
その視線には、不快な卑しさはない。
ただ、帝国で最も価値のある資産を慈しむような、静謐な熱だけがあった。
「湯浴みをしたのか。……良い匂いだ」
「ええ、おかげさまで生き返りました。陛下も、もう公務は終わりですか?」
「ああ。……だが、お前に会わねば、一日が終わった気がしなくてな」
彼は淀みのない動作で私の隣に腰を下ろした。
一気に縮まる距離。
乾燥した上等な衣の匂いと、私の身体から立ち上る、湿り気を帯びた石鹸の香りが、空間の酸素を奪い合うように混ざり合っていく。
私は反射的に、手元のタオルで髪を隠そうとした。
監査役という仮面を剥ぎ取った、無防備すぎる素顔。
それを晒すことに、計算外の動悸が走る。
けれど、李宵の大きな掌が、そのタオルを指先から優しく、しかし抗いようのない力で奪い去った。
「……貸してごらん。濡れたままでは、風邪を引く」
「自分でできます。これは業務外です、陛下」
「俺にとっては、これも重要な『妻の管理業務』だ。……じっとしていろ」
有無を言わせぬ響きと共に、彼は私の背後へと滑り込んだ。
あぐらをかいた彼の膝の間に、私の身体がすっぽりと収まる。
背中越しに伝わってくる、彼の岩盤のような胸板の厚みと、剥き出しの体温。
ワシャワシャ、と。
大きな手が、タオル越しに私の頭を丸ごと包み込んだ。
不器用なほど力がこもっているのに、髪の根元を撫でる指先は驚くほど繊細だ。
誰かに自分の身体の一部を完全に委ねる。
その徹底的に無防備な状況が、心拍の振動を増幅させ、私の理性を甘い泥の中に沈めていった。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




