発芽の予感、あるいは契約外の育成義務
残光は完全に地平に呑み込まれ、一番星が針の先で突いたような鋭い光を、藍色の天幕に灯し始めていた。
肩を圧迫していた重みが、ふっと消失する。
一刻――およそ三十分の間、私の身体を支柱にして微睡んでいた李宵が、ゆっくりと上体を起こした。
「……充電完了だ」
耳朶を叩くのは、仮面を被り直した男の、冷徹で揺らぎのない低音。
彼は一度も振り返ることなく、赭黄の衣を夜風に翻して去っていった。
後に残されたのは、衣服越しにじりじりと焼けるように残る彼の体温の余韻と、血流が戻り始めて痺れを訴える私の左肩の感覚だけ。
私は、急速に冷却されていく大気に身を縮め、彼が座っていた庭石の傍らに膝をついた。
懐から取り出したのは、油紙に包まれた小さな塊。
指先を差し入れると、ザラりとした不揃いな種の感触が、掌の熱を奪っていく。
指先で土を数センチほど穿ち、一粒ずつ、丁寧にその穴へ落とす。
パラ、パラ……。
乾燥した種が土底を叩く微細な音が、虫の音さえ途絶えた静寂に吸い込まれる。
これは当帰の種だ。
血を補い、巡りを最適化し、内側から熱を産生させる生薬。
末端冷え性の自覚がある私にも、そして、慢性的な睡眠不足と重圧で生命力を摩耗させているあの男にも、等しく必要なリソース。
「……水くらい自分で飲む、ね」
喉の奥から、乾いた笑いが漏れた。
あんなに手のかかる、規格外に巨大な「植物」を、野放しにしておけるはずがない。
剪定のタイミングも、枝葉の剪定も、日照時間の管理も。
私が全人的なマネジメントを放棄すれば、あの男は自らの毒――孤独で根腐れを起こすか、あるいは内側から枯死してしまうだろう。
湿った黒土を優しく被せ、手のひらで圧をかける。
トントン、と土を固めるリズムは、先ほど彼の後頭部を撫でた際の、あの頼りないほど柔らかな感触を指先に呼び起こした。
私たちの関係は、もはや紙の上で結ばれたドライな契約の域を逸脱している。
この庭の土壌の下で、目に見えない根が、複雑な幾何学模様を描きながら確実に絡み合い始めている。
(……貴方を枯れさせたりはしません。皇帝陛下)
泥の粒子が食い込んだ自分の指を見つめ、無機質な夜空に向かって、声にならない思考を放つ。
それは、監査役としての職責を超え、私自身が私の魂に下した、逃れようのない「新規業務命令」に他ならなかった。
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