呪われた宮殿、あるいは換気不良の不良資産
鼻腔の奥にへばりつくのは、湿気を吸って粘り気を帯びた古紙の匂い。
そして、長年放置された藺草が芯から腐敗した、鼻の裏側を逆撫でするような饐えた臭気だ。
ギィィィ……。
耳朶を刺す乾いた悲鳴を上げ、重厚な朱塗りの扉が、蓄積した埃の抵抗を受けながらゆっくりと開く。
立政殿。
歴代の皇后が主を務めるはずのその空間は、いまや帝国の心臓部に口を開けた、光を拒絶する「巨大な廃墟」と化していた。
「……林様、本当にお入りになるのですか? ここは先帝の皇后様がご崩御されて以来、誰も寄り付かない場所でして……」
背後から届く女官の囁きが、肺の底から絞り出されたように震え、空気を波立たせる。
彼女たちの怯えた瞳の先――広間の奥で揺らめいているのは、天井から垂れ下がり、埃の重みで歪んだ呪除けの札だ。
私は、掌を舞い踊る埃の粒子で汚しながら、熱を失った石床へと踏み込んだ。
ひんやりとした冷気が、足袋の薄い布地を透過し、足裏の体温を一瞬で奪い去っていく。
(……なるほど。これはひどい)
私の網膜が検知したのは、怨念の影ではない。
ただの、圧倒的な「メンテナンス不足」という名の、放置された負債だ。
窓はすべて厚い板で打ち付けられ、太陽の光はわずかな隙間さえ見つけられずに死んでいる。
空気は重く、喉の奥に澱みが張り付く。
湿度は肌が湿るほどに飽和しており、これでは漆の柱さえカビの苗床になるのは自明の理だ。
壁に幾重にも貼られた護符や魔除けの布。
それが埃を吸着するフィルターとなり、換気をさらに悪化させている。
「……幽霊が出るのも納得ですね。こんな換気不良でカビだらけの環境にいたら、誰だって呼吸器をやられて幻覚を見るでしょう」
私は、肺に詰まる澱んだ空気を吐き出し、閉ざされた高窓を見上げた。
そこから漏れ出る、針の先ほどの鋭い光だけが、暗闇の中で激しく乱舞する埃を白く浮き彫りにし、この空間のボトルネックを無言で告発している。
「まずは全開放です。窓も、扉も、すべての通気口を開けなさい。……魔除け? 全部廃棄です。オカルトで湿気は取れません」
女官たちが喉を鳴らし、息を呑む音が重なる。
けれど、私の足取りは止まらない。
ここはこれから、私の城となる場所だ。
過去の腐敗が巣食う不良資産のまま、放置しておくなど論理が許さない。
私は袖を捲り上げ、埃まみれの円柱に手をかけた。
指先に残る、ざらりとした砂の感触。
それは、これから始まる大改修という名の戦いへの、確かな手応えだった。
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