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【完結】皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第2部『玉座の改革者』

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退職願の提出、あるいは無益な抵抗

書斎の重厚な扉が、戸当たりを打ち抜く乾いた衝撃音を上げた。

バァンッ! 



静謐(せいひつ)に守られていた室内の気圧が、物理的に引き裂かれる。

肺に流れ込んできたのは、朝の透明な空気に混じる、肺の奥を凝固させるような沈香(じんこう)の香り。そして、微かな、けれど逃れようのない墨の匂い。



視界の先、黒檀(こくたん)の巨大な机が、底知れぬ深淵(しんえん)のように光を呑み込んでいる。

その向こう側。この国の最高意思決定機関そのものである李宵(リ ショウ)は、書類を繰る指先を止めることさえせず、ただ静止していた。



「……随分と(にぎ)やかな挨拶だな。ちんの安眠を妨げるつもりか?」



低く、チェロの弦を震わせるような聲音しょうねが床を伝い、私の足首を絡め取る。

彼がゆっくりと(かお)を上げた。



逆光を背負ったその輪郭は、精緻(せいち)な彫刻家が狂気の末に削り出したかのような鋭利な美を(たた)えている。

整いすぎた眉目、影を落とす高い鼻梁。

けれど、私という名の監査役(フィルター)を通せば、その造形は「他者の理性を麻痺させる視覚的な暴力リスク」という名の、最大級の警告色に他ならない。



「契約違反です! 陛下!」



私は、まだ袖さえ通していない緋色の衣を、人生最大の「不良在庫」を抱えるような手つきで詰め寄った。

ドサッ。

滑り落ちる絹の塊が、黒檀の机上で波打ち、音もなく広がっていく。



「私は『監査役』としての契約は結びましたが、『妻』としての契約、ましてや『皇后』などという激務(ブラック)ポストへの就任など、一度たりとも合意しておりません!」



荒くなった私の呼気が、机上に整列していた宣紙(せんし)の端を震わせる。

李宵は、感情の読めない黄金の瞳で私を見据えたまま、白磁の茶杯を指にかけた。



ズズッ。

喉を滑る茶の音。

そのあまりにも優雅な、余白を使いこなす絶対強者の所作が、私の神経を逆撫でする。



「……合意? 昨夜、衆人環視の中で朕の手を取っただろう。あれ以上の合意がどこにある」



「あれは! 貴方が強引に……っ! 大体、皇后の業務内容をご存じですか!? 六宮(りくきゅう)の統率、祭祀(さいし)の主催、内外命婦(ないげのみょうぶ)への対応、さらには親族間の外交……。ROI(投資対効果)が悪すぎます! 私の時給換算で幾らになると思っているんですか!」



指を折るたび、指先が微かに震える。




皇后という名の、装飾過多で実務効率ゼロの「お飾り」の役職。

それは、私の持つ「組織の最適化」というコアスキルを浪費する、致命的なリソース配分の誤りだ。

適材適所の原則を無視した人事は、組織崩壊のカウントダウンでしかない。



「元の緑衣に戻してください。……そして、私を定時で帰してください」



言葉の端に、隠しきれない懇願が混じり、喉の奥がヒリついた。

けれど李宵は、茶杯をコトリと置くと、組んだ指の上に(あご)を乗せ、逃げ場のない熱量で私を射抜いた。



「……帰す? どこへだ? お前の帰る場所など、もうこの帝国のどこにもないぞ」



聲音が一段と低まり、鼓膜の奥を甘い蜜のように侵食する。

瞳の奥で揺らめくのは、私が知る「理解ある上司」の理性ではない。



獲物を外堀から埋め立て、完全に退路を断ったことを確信した、捕食者の静謐な愉悦。

背中を伝う寒気が、私の肌を粟立(あわだ)たせた。



◆◇◆

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

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