緋色の監禁、あるいはキャリアの強制終了
真綿の檻に、全身を搦め取られていた。
吸い付くような粘り気を持つ、最高級の正絹。指先を動かせば、皮膚の水分を奪うような滑らかさが指間にまとわりつき、逃げ場のない質量が寝台の奥へと身体を沈み込ませる。
目蓋を持ち上げる動作さえ、鉛の重石を引きずるような抵抗を伴った。
視界が拓けた瞬間、網膜を焼き切るような、苛烈なまでの「緋」が飛び込んできた。
視界の端から端までを埋め尽くす、天蓋の布地。
官舎の低い天井とは比較にならない、遥か高みに位置する建築的空間――権力の重力が最も色濃く澱む、帝国の心臓部。
遠くで、香炉から立ち昇る龍脳の、仄かに湿った雨のような匂いが鼻腔を突く。
静寂を裂くのは、外の喧騒ではなく、衣擦れの微かな音だけ。
(……ああ。監査、失敗)
思考の端々に、昨夜の残像がフラッシュバックする。
赭黄の衣を纏った李宵が、有無を言わせぬ体温で私の手首を掴み、公衆の面前で下した「死刑宣告」とも呼べる宣言。
「彼女こそが、朕の選んだ唯一の伴侶である」
私はゆっくりと、軋む背骨を押し上げるように上半身を起こした。
視界の隅に、昨日までの私を定義していた「機能的な緑衣」の姿はない。
代わりに枕元に鎮座していたのは、金糸で鳳凰が執拗なまでに刺繍された、重厚な緋色の唐衣だった。
細かな刺繍が光を乱反射させ、鋭利な刃物のような輝きを放っている。
それは装束などではない。
私という個人の実務能力を封殺し、「皇后」という名の静止した象徴へ固定するための、煌びやかな拘束具。
「おはようございます、林様。……いえ、皇后陛下」
帳の向こう側から、氷を噛み砕いたような冷徹な聲音が降った。
女官たちの声。
敬語の皮を被りつつも、そこには私の意思決定権を一切認めない、強固な「システム」としての圧力が宿っている。
(……詰んだわ)
脳内で、これまで緻密に積み上げてきたキャリアプランが、音を立てて灰に変わる。
三十歳での早期退職。
地方への資本移転と、誰にも干渉されない自立した生活。
あの完璧だった出口戦略は、昨夜の「敵敵的買収」によって一瞬で白紙へと書き換えられた。
私は、冷えた自分の膝を抱え込んだ。
最高級の絹が肌を撫でるたび、二十四時間三百六十五日、あの美貌の独裁者(皇帝)に所有され、死ぬまで「公務」という名の無給残業を強いられる未来が、重い鎖となって首筋に食い込んでくる。
喉の奥が、砂を呑み込んだように乾いている。
私は、用意された緋色の衣を、人生最大の「不良在庫」を検品するような冷めた目で睨みつけた。
お待たせいたしました、プロジェクト再開です!
第二部からは、逃げたい鈴と、逃がさない李宵による「独占契約」を巡る攻防が激化します。
陛下が理性をデバッグしきれず、独占欲を暴走させる姿をぜひお楽しみください。 引き続き、毎日[19:00]に安定稼働でお届けします。
「いいね」や「評価」が積み重なると、物語の糖度が予定よりアップする……かもしれません。
ステークホルダーの皆様、何卒よろしくお願いいたします!




