監査役の指定席、あるいは終身契約の履行【投稿再開予定:4月6日 19:00】
長い、あまりに長い石段を上りきった先。
辿り着いたのは、含元殿の最上段。皇帝の玉座が鎮座する、世界の絶対的な頂点。
李宵は私の手を引いたままそこまで上り詰めると、玉座のすぐ傍らに置かれた、一脚の椅子を指差した。
最高級の正絹を何重にも重ねたクッション。本来、皇后のみが許される「指定席」。
「座れ」
拒否権は、最初から計上されていない。
私は観念して、その席へと腰を下ろした。
吸い付くような絹の質感が、私の身体を深く沈み込ませる。
視線を上げれば、そこには地平線まで続くような石畳の海と、そこに豆粒のようにひれ伏す数千の臣下たちがいた。
(……高い)
眩暈がしそうなほどに、この場所の「可視化率」は高い。
ここからは、帝国のあらゆる不備も、隠蔽された怠慢も、綻びた嘘も――すべてが監査対象として、白日の下に晒されてしまう。
李宵は満足げに玉座に深く背を預けると、身体をわずかにこちらへ傾けた。
龍脳の香りが、支配的な熱を持って私の耳朶を撫でる。
「どうだ? ここからの眺めは」
「……あまりに解像度が高すぎて、胃が痛くなりそうです。残業代、国庫が空になるほど弾んでくださいね」
私が精一杯の「強気の見積もり」を口にすると、彼は喉の奥で、チェロを奏でるような低い残響を立てて笑った。
「安心しろ。……報酬は、俺の生涯をかけて支払う」
彼は卓の陰で、そっと私の右手を握り直した。
逃げ場を断ち、二度と離さないと誓うように、骨が軋むほど強く。
「さあ、業務開始だ。……ここが、新しいお前の職場だぞ、林鈴」
その言葉を合図に、眼下の海が、地鳴りのような咆哮を上げた。
「万歳、万歳――!」
空気を震わせ、鼓膜を直接叩く祝辞の渦。
その巨大な熱量の中心で、私は肺に溜まった溜息を、覚悟という名の酸素に変えて吐き出した。
そして、彼の熱い掌を、同じ強さで握り返す。
もう、安全圏への退路はない。隠れ家という名の逃げ場は消滅した。
けれど代わりに、私はこの理不尽な世界を切り拓くための「最強の権限」を手に入れた。
この巨大で、非効率で、けれど愛すべきブラック企業を、私のロジックで徹底的に最適化してやる。
林鈴の、生涯をかけた「監査」は、今この瞬間から本番を迎えるのだ。
――第1部『隠れ家の監査役』 完
――第2部『玉座の改革者』 へ続く
第1部完! 陛下による「公然の捕獲宣言」、いかがでしたでしょうか? ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
ここで、次フェーズ(第2部)へ向けた「システムメンテナンス」のため、約2週間の休載をいただきます。 現場(後宮)の混乱をさらに加速させる準備を整え、【4月6日 19:00】に再起動予定です。
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