進軍、あるいは緑の海の分水嶺
静寂。
地響きのような太鼓の音が止んだ瞬間、広大な含元殿から一切の周波数が消えた。
数千人が同時に肺の機能を停止させたかのような、完全なる真空状態。
その凍りついた空気を切り裂いて、重厚な絹が擦れ合う音だけが近づいてくる。
シャラ……シャラ……。
私は石床に額を押し当てたまま、冷たい石目に映る微かな影を見つめていた。
本来、この帝国のCEOは、中央に敷かれた紅い御道を通り、最短距離で最上段の玉座へと至るはずだ。
それがもっともROIに優れた動線設計なのだから。
だが。
石床を打つ足音のリズムが、明らかに設計図を逸脱していた。
迷いのない規則正しい響きは、直角に折れ、こちら側――不採算部門である妃嬪たちが並ぶ左翼エリアへと侵入してきた。
(……え? 動線変更? 事前の香盤表に、こんなイレギュラーな歩法はなかったはず……)
顔を上げることは許されない。
だが、皮膚が感知する「質量」で分かる。
この世の全権力を凝縮したような、圧倒的な熱量を持った「何か」が、確実にこちらへ迫っている。
前方、紫の衣を纏った「大株主」たちのエリアから、期待に震える吐息が漏れるのが聞こえた。
彼女たちは入念に施した化粧を上げ、太陽の視線を待ちわびている。
けれど、足音は止まらない。
彼女たちの存在を背景として処理するように、一瞥もくれず通り過ぎていく。
――ザッ。
――ザッ。
足音が一歩近づくたびに、周囲の空気が絶対零度へと急速に冷却されていくのが分かった。
特権階級の「紫」を抜け、中堅層の「緋色」を蹂躙し。
そして、ついに。
「緑色エリア」――私たち、使い捨ての下級妃嬪の群れへと、その「絶対者」が足を踏み入れた。
あり得ない。
天空の太陽が、道端の雑草を照らすために地上へ降りてくるなど。
騒めきという名の波紋が広がり、緑の衣を着た女たちが、何らかの巨大な力に押し流されるように左右へと割れていく。
(……嘘でしょ。こっちに来ないで。システムを壊さないでよ……)
私の心拍数が、計測不能な領域まで跳ね上がる。
これは明確な標的をロックオンした「進軍」だ。
そして。
視界の端、石床の冷たさを上書きするように。
赤みを帯びた鮮烈なオレンジ――赭黄の衣の裾が、私の目の前で、冷徹に静止した。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




