緑の海、あるいは場違いな資産
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含元殿の磨き抜かれた石床は、冷徹な氷塊のように、膝の皿を通して体温を容赦なく奪っていく。
平伏して額を垂れるこの不自然な姿勢は、すでに六十分を経過していた。
膝から下の感覚はとうに消失し、代わりに数千本の針で突き刺されるような痺れが、神経の伝達回路をノイズで埋め尽くしている。
(……ハードウェアの限界ね。これ、現代なら労働基準法違反で即刻提訴できる案件じゃない?)
数千の呼吸が密閉された大広間には、重厚な沈香と、使い込まれた絹が放つ独特の乾いた匂いが澱んでいる。
私はその末端――「不採算部門」の象徴とも言える、くすんだ緑の衣を纏った下級妃嬪たちの群れの中に、一個の「モブ」として埋没していた。
遥か前方、玉座に近いエリアには、網膜を灼くほど鮮烈な紫や緋色の衣が、誇り高い大輪の牡丹のように咲き乱れている。
対してここは、踏みつけられても気づかれない道端の雑草エリア。
……はずだった。
「……ねえ、あれを見て」
「嘘でしょう? あれは……羊脂白玉?」
「なぜ、あんな末席の女が、龍の意匠を?」
さっきから、背中に突き刺さる視線の「質量」が異常だ。
ヒソヒソという音のさざ波が、私の周囲だけ湿度を増し、じっとりと肌を粟立たせる。
原因の所在は、明確だった。
私の髪に挿さっている、あの「現物支給の特別賞与」。
李宵が『退職金代わりだ』と言って寄越した、あの簪だ。
ただの質の良い石だと思っていたが、どうやら私の資産査定は致命的に甘かったらしい。
周囲から放射される感情は「嫉妬」というレイヤーを優に超え、もはや「戦慄」に近い色を帯びている。
(……まずい。これ、レアアイテムどころか、この組織の『重要機密』だったんじゃないの?)
冷や汗が一筋、背筋を滑り落ちる。
目立たず、騒がず、プロジェクト完了と共にログアウトする計画だったのに。
これでは、自身を広告塔として最大出力でブロードキャストしているようなものだ。
私は必死に額を床に押し付け、緑の海の一部になりきろうと、肺を薄くして呼吸を殺した。
ドォォォォン……。
臓腑を直接揺さぶるような、巨大な街鼓の音が、殿内に重低音の雷鳴となって響き渡った。
皇帝入御。
この帝国のCEOが、全アセットを検品するために、その絶対的な重力を伴って現れる。
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