最終決算、あるいは空無の領収書
パタン。
牛皮の表紙が重なり、厚手の宣紙が空気を弾く音が、深夜の隠れ家に小気味よく響いた。
「……終わった」
私は卓に両手を突き、強張った脊髄を大きく反らせた。
ポキポキ、と乾いた関節の音が静寂を打つ。
肩の筋肉は、乳酸が限界まで蓄積したかのように、石のような質量を持って私を椅子へと押し留めていた。
(……ミッション、完了ね)
六局二十四司。この帝国の巨大な不採算部門を解体し、再定義するための全スキーム。
その初期実装を終えた、血と汗の結晶である最終報告書の束。
見渡せば、あれほど乱雑だった隠れ家は、外科手術を終えた後のように整然としていた。
筆は洗い清められて白く穂先を整え、硯の墨は完全に乾き、雪崩を起こしていた帳簿の山は「過去の記録」へとアーカイブされている。
それは、嵐のような繁忙期が去った後の清浄であり、同時に――機能を停止したオフィスの冷たさでもあった。
(明日からは、窓際の一兵卒に戻る)
定時退社を至高の善とし、美味しい点心のためだけに脳細胞を駆動させる、名もなき「傍観者」へ。
この隠れ家で、李宵と交わした非公式な業務提携(密会)も。
すべては「プロジェクト期間中」という期間限定の契約がもたらした、ラグジュアリーな副作用。
「お疲れ様、私」
私は、急速に熱を失っていく空間に向かって小さく呟いた。
不意に、左胸の奥がチリリと焼けるような不快感を訴える。
呼吸を深くしようとするほど、肺の裏側に鋭利な何かが食い込むような感覚。
望んでいたはずの解放。それは同時に、この聖域からの退場宣告だった。
私は思考を遮断するように首を振り、最後に残った一本の筆を片付けようと指を伸ばした。
その時だった。
――ガチャリ。
真鍮の鍵が噛み合う、ノックのない侵入音。
夜風の冷たさと共に、あの峻烈で、けれど肺の奥を心地よく焦がす龍脳の香りが滑り込んできた。
契約を終了したはずの、最大手クライアント。
李宵だった。
「まだ起きていたか」
彼は入り口に立ち、私を視界に捉えるなり、冷徹な絶対君主の表情をふっと氷解させた。
その緩やかな弧を描いた唇が、私の胸の奥の不快な痛みをさらに深く、鋭く押し広げていくことを。
彼は、まだ知らない。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




