熱々の陽春麺、あるいは胃の腑の雪解け
隠れ家の、使い込まれた紫檀の卓上に、一本の真っ白な湯気の柱が立っていた。
特注の湯煎式運搬箱から引き出されたばかりの、「陽春麺」。
余計な装飾を削ぎ落とした、熱量と鮮度のみに特化した一品。
「……熱い」
器の縁に触れた李宵の指先が、微かに跳ねた。
その刹那の驚愕だけで、彼がいかに長い期間、サービスから切り離されていたかが透けて見える。
「火傷しないでくださいね。……フーフーしてから、どうぞ」
幼子に言い聞かせるような私の言葉に、彼は怪訝そうに眉を寄せた。
けれど、湧き上がる熱気に抗えなかったのだろう。
揺らぐ白い湯気が、彼の白磁の肌を湿らせ、睫毛に微かな滴を結ぶ。
そして、一口。
「――っ」
黒曜石の瞳が、衝撃を受けたようにカッと見開かれた。
形の良い喉仏が、大きく、力強く上下する。
「……美味い」
それは、味覚の評価ではない。
生存本能が漏らした呻きだった。
そこからの彼は、劇的だった。
箸で麺をたっぷりと手繰り寄せると、躊躇なく口へと滑り込ませた。
ズズッ、ズズズッ――。
静謐な深夜の隠れ家に、豪快な吸い込み音が反響する。
ハフハフと熱い呼気を吐き出し、彼は無心に麺を啜り続ける。
(……ああ、食べてる)
私は頬杖をつき、その圧倒的な「生命の処理」を網膜に焼き付けていた。
私はただ、ロジスティクスのボトルネックを排除し、温度管理を適正化したに過ぎない。
それなのに。
彼が私の構築した成果を体内に取り込み、血肉へと変換されていく様を凝視していると、指先まで熱が巡ってくる。
「餌付け」という名の、最も原始的で、最も支配的な優越感。
李宵の額に、玉のような汗が滲む。
その剥き出しの無防備さが、私の職業倫理の裏側に潜む保護欲を、容赦なく刺激する。
「……おかわり、ありますからね」
囁きが耳に届いたのか、彼は箸を止めることなく、嬉しそうに目を細めた。
この部屋の温度が上がっているのは、麺の熱気だけのせいではない。
彼の放つ剥き出しの生命力と、私の内側で暴発しそうな奇妙な昂揚感が、逃げ場のない石壁の中で渦を巻いていた。
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