冷めた供物、あるいは設計不全の夕餉
カチャリ、カチャリ。
広大な寝殿の静寂を、硬質な銀の擦れ音だけが規則的に叩いている。
それは本来、生命を謳歌するための「食事の音」ではない。
ベルトコンベアの上を流れる無機質な資材を、検品しながら処理していく――そんな、味気ない作業の音に聞こえた。
私は太い円柱の落とす影に身を潜め、尚食局の監査役として、皇帝の夕餉を視界の端で捉えていた。
目の前の卓には、耀の帝国の富を象徴する、贅の極みが並んでいる。
香辛料を贅沢に使った羊肉の煮込み。皮が黄金色に輝くあひるの炙り焼き。翡翠のように透き通った季節の野菜の餡掛け。
だが。
その光景には、食欲を唆る決定的な要素が欠落していた。
――湯気、という名の生命力。
どの皿からも、一筋の熱気すら立ち上っていない。
無理もない。この料理が厨房を出てから、主の胃に届くまでに、致命的なまでのタイムラグが発生しているのだ。
完璧すぎるセキュリティ・プロトコルの代償として、料理は完全に「死んで」いた。
羊肉の表面には、白く冷たく固まった不快な脂の膜が張り付いている。
餡掛けは膠のように粘り気を帯び、素材の艶を奪っている。
もはやそれは料理ではない。ただの「安全確認済みの有機物」だ。
「……」
李宵は、仮面のような無表情で箸を動かしていた。
冷徹に磨かれた銀の箸で、死んだ肉を挟み、機械的に口へと運ぶ。
咀嚼し、嚥下する。
その切れ長の瞳には「美味しい」という悦びはおろか、「不味い」という不満すら宿っていない。
ただ、翌日の公務を維持するために必要なカロリーを、淡々と体内ボイラーへくべているだけ。
見ていられなかった。
胃の奥を万力で締め付けられるような、鋭い痛みが走る。
(……虐待じゃない、こんなの)
彼は一日中、帝国の血管を修復するために神経をすり減らし、孤独なデスマーチを続けているのだ。
その一日の終わりの報酬が、こんな冷え切った、死んだ供物のような残飯であっていいはずがない。
カチャリ。
彼が箸を置いた。
器にはまだ半分以上の「資産」が残されているが、主の機能はすでに停止している。
李宵は卓の端に置かれた、とっくに冷めきった茶を一口だけ啜り、ため息をつくことさえせずに立ち上がった。
その背中が、あまりに虚無に満ちていて。
私のコンサルタントとしての職業倫理が、静かに、けれど激しく沸騰した。
毒見の工程にボトルネックがあるなら、技術で解消すればいい。
温度管理のシステムが破綻しているなら、再構築すればいい。
私は闇の中で、指の節が白くなるまで拳を握りしめた。
待っていてください、陛下。
貴方のその凍えきった胃袋に、システムを焼き切るほど熱い「生きた料理」を再インストールしてみせます。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




