表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第1部『隠れ家の監査役』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/121

西窓の剪定、あるいは最適化された夜

石床に膝をつき、戦利品である蜜蝋を青銅の燭台へと固定する。

指先に残る蝋のしっとりとした脂質。火打石を打ち合わせれば、火花が暗がりに散り、乾燥した芯へと熱が移る。


シュボッ。


灯った炎は、先ほどまでの「汚染された光源」とは根本から異なっていた。

煤を含まぬ清冽な火光が大きく膨らみ、微動だにせず闇を押し返す。

瞬時に隠れ家の隅々まで、濃厚で芳醇な甘い香りが立ち込めた。


「……いい香りだ」


鼓膜を直接震わせる、低いバリトン。

振り返るよりも早く、肩越しに揺れる炎を覗き込む、あの冷たく甘い龍脳(りゅうのう)の香りが重なった。


「尚寝局をシメてきたそうだな。おかげで、俺の寝所にもようやくまともな光が戻った」


「それは何よりです。不適切なサプライヤーは排除すべきですから。……ですが陛下、その手にあるのは?」


李宵(リ・ショウ)の大きな掌には、螺鈿細工の小箱が乗っていた。

中にはさらに上質な、琥珀色を透かした白蜜の蝋燭が鎮座している。私が倉庫から奪還した一級品すら霞む、精製を極めた「龍の専用品」だ。


「お前が持ってきたのも悪くはないが、俺の『共犯者』には最高級品が相応しい」


李宵(リ・ショウ)は流れるような所作で私の燭台から蝋燭を抜き、自らが持参したものへと差し替えた。

そして、懐から小さな、けれどずっしりとした黄金の鋏を取り出す。


パチン。


静寂を美しく切り裂く、硬質な金属音。

燃え始めたばかりの芯の先端を、彼は迷いなく数ミリだけ切り落とした。

途端、炎はさらに円やかに安定し、影の揺らぎさえ消失した。


「……芯を切るのですか?」


「ああ。こうすれば、炎は暴れず、より長く、美しく燃える。最適化だ」


李宵(リ・ショウ)は椅子に腰を下ろすと、頬杖をついて火光を見つめた。

黄金色の光に照らされたその貌は、神話の彫刻が命を得たような、峻烈な陰影を描き出している。


ただの「芯切り」という雑用が、彼の指にかかれば、一つの完成された儀式に見えた。


「西の窓辺で、共に蝋燭の芯を切る(剪燭西窓(せんしょくせいそう))……か」


独り言のように漏れた、吐息混じりの(ささや)き。

その瞳が炎越しに私を捉えた瞬間、私の肺が不自然に収縮した。


熱い。

蜜蝋の炎よりもずっと高い温度の視線が、私の肌を内側からじりじりと焦がしていくようだ。


「……?」


私は首を傾げた。

その言葉のデータベースを検索するが、私の合理主義的な思考回路には、該当する情緒的な定義が見当たらない。


ただ、一つだけ確信できるのは、煤も不快な臭気も存在しない今のこの空間が、恐ろしいほどに、そして生理的に「心地よい」ということだけだ。


「……手つきが、綺麗ですね。効率の良い動きです」


素直な評価を口にすると、李宵(リ・ショウ)は一瞬だけ目を見開き、それから破顔した。

心底愛おしそうな、胸の奥を直接撫でるような柔らかい笑みだ。


「無粋な女だ。……だが、そこがいい」


彼はもう一度、パチンと黄金の鋏を鳴らした。

その清冽な音は、二人の関係がまた一つ、不可逆な形に整えられた合図のように、静寂の底へと溶けていった。

剪燭西窓せんしょくせいそう」:唐代の詩に由来する、親しい人や夫婦が夜更けまで仲良く語り合うこと、あるいは再会を心待ちにする様子を指す言葉。親密な語らいを表す慣用句として使われるようになったそうで、いつか作品に登場させたいな〜と思い入れてみました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ