品質管理監査、あるいは聖域のデバッグ
尚寝局の倉庫に一歩足を踏み入れた瞬間、換気システムの不備が鼻腔を突いた。
外光を拒絶した石壁の内側には、逃げ場を失った古紙の匂いと、饐えた油の脂質が重く澱んでいる。
カンテラの光が、無数の埃の粒子をキラキラと、残酷なほど鮮明に浮き彫りにした。
奥で長椅子に身を預けていた局長――顎の肉が襟元に埋まった中年の宦官が、私の侵入に気づき、醜く体を震わせて転がり落ちた。
「な、なんだ!? ここは尚寝局の管理区域だぞ! 勝手な立ち入りは……」
「尚食局の林鈴です。備品の品質管理監査に参りました」
私は動揺する彼を視界の端で処理し、迷いのない足取りでうず高く積み上げられた木箱の一つへ歩み寄った。
ガシャッ。
乾いた音と共に床へ転がり出たのは、白っぽく濁った棒状の塊。
私の執務室で目に焼き付いた、あの粗悪な獣脂の蝋燭そのものだった。
「説明していただきましょうか。帳簿の写しでは、今期『最高級白蜜蝋』を三千本仕入れているはずです。ですが、手前の在庫にあるのは全て『獣脂』ですね」
私は懐から、計算式の書き込まれた宣紙の写しを突きつけた。
局長の顔から急速に赤みが引き、代わりに土気色の脂汗が額に滲んでいく。
「い、いやあ、今年は蜜蝋が不作でしてな……。やむを得ず代替品を納入しただけで……」
「嘘をおっしゃい」
私は倉庫の最奥、厚手の帆布で不自然に覆われた一角を、指先で鋭く指し示した。
「在庫回転率がおかしいのです。獣脂の納品量と、各宮への配給量が合わない。重量ベースで計算しても、約五百斤の『質量保存の法則』に反する消失があります」
「な……!?」
「その消えた五百斤は、どこへ行きましたか? ……例えば、その布の下とか?」
バサリ。
堆積していた埃が舞い上がり、光の下に曝け出されたのは――黄金色に輝く蜜蝋の山。
箱の側面には、市井の闇ルートへ流すための、見覚えのある大手の荷札が貼り付けられていた。
「なるほど。公費で仕入れた高級品を隠匿し、安物とすり替えて差額をポケットに入れる。……手口が古典的すぎて欠伸が出ますね」
「き、貴様……!」
局長が顔を真っ赤に沸騰させ、太い拳を振り上げた。
自身の不祥事を暴力という名の原始的な削除で隠滅するつもりか。
だが、私の心拍は一拍たりとも乱れない。氷のような視線で、彼の眉間を射抜く。
「私の視界を曇らせるなと言ったはずです」
自分の喉から出たとは思えないほど、低く、重厚な響き。
私の神聖なドキュメントを汚し、思考のクリアランスを奪ったバグへの、これは最後通牒だ。
「この件、陛下に報告しますか? それとも、今すぐ正規の品を納品して、自主的に更迭を願い出ますか?」
彼が膝から崩れ落ち、石床に鈍い音が響くのに、三秒もかからなかった。
私は黄金色に輝く蜜蝋の束を数本、鷲掴みにした。
ずっしりとした確かな重量感。吸い付くように滑らかな肌目。
これだ。この品質こそが、私の「城」には相応しい。
「では、これはサンプルとして頂いていきます。……二度と、私の部屋に煙を送り込まないでくださいね」
掌に残る蜜の甘い香りが、鼻腔にこびりついていた獣脂の腐臭を鮮やかに塗り替えていく。
視界は、今度こそ完全にクリアになった。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




