蒙頂甘露、あるいは支配の報酬
指先の痺れが、冷え切った紫檀の木肌を通してゆっくりと吸い出されていく。
深夜の隠れ家。
私は机に突っ伏したまま、泥のように重い吐息を一つ、肺の底から絞り出した。
「……ミッション、完了しました」
王貴妃との密約。
皇帝陛下を「ケチな上司」に仕立て上げ、実家の搾取を物理的に遮断した強引なスキーム。
「まさか、俺の名前(勅命)をあのような形で使うとはな」
李宵の喉の奥で、チェロを奏でるような低い振動が響く。
「『皇帝陛下は倹約家ゆえ、贅沢な贈り物は逆鱗に触れる』……か。おかげで、俺はケチな皇帝として歴史に名を残すかもしれん」
「必要経費です。……それに、不良債権を処理できたのですから、国にとってもプラスでしょう?」
むくりと顔を上げれば、至近距離で細められた李宵の瞳が、黒曜石の熱を帯びて私を射抜いていた。
「ああ、上出来だ。……褒美をやる」
差し出されたのは、金銀の輝きではなく、立ち上る白い湯気だった。
蒙頂甘露。
この国の「頂点」だけがその喉を潤すことを許される禁断の雫。
「……いいのですか?」
「飲め。毒気にあてられて、参っている顔だ」
図星だった。
清冽な蘭の香りに、身体の奥に沈殿していた疲労が湯気と共に蒸発していく。
「生き返りました……」
ほう、と漏れた息が、カンテラの炎を小さく揺らした。
湯気の向こう側で、李宵が私を「検品」するように見つめている。
彼から伸びてきた長い指が、私の頬に張り付いていた後れ毛を、慈しむように耳の後ろへと押し流した。
指先の体温が、神経を直接焼くような電流となって背骨を駆け抜ける。
「だが、ほどほどにしておけよ」
「え……?」
「その計算高い優しさで、次は誰を落とす気だ?」
指がそのままゆっくりと滑り、私の唇の端をなぞった。
愛撫というにはあまりに支配的で、逃げ場のない接触。
「……俺以外でな」
低い囁きが、心臓の鼓動を鷲掴みにする。
――この俺が買い取った資産に、他の誰の指も触れさせるな。
そんな、身震いするほど強烈な所有欲のマーキング。
私は茶杯を持つ手に震えを押し込め、視線を逸らした。
「……善処します」
李宵は満足げに目を細め、私から視線を外さぬまま、自らの茶杯をゆっくりと喉へ傾けた。
外敵をロジックで排除し、私の「聖域」は完成へと近づいていた。
けれど。
この城の中央に、絶対的な重力を持って居座る美しい魔王。
彼という最大級の「想定外」だけは、私の世界から切り離せそうになかった。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




