仮面を剥ぐメジャー、あるいは不渡り手形の救済
カタリ。
指先で握りしめられていた象牙の扇が、力なく石床へ滑り落ちた。
「……な、何を……無礼な……」
王貴妃の唇が、寒さに凍える小鳥のように小刻みに震えた。
瞳にあるのは、秘匿していた「致命的な欠損」を白日の下に晒された子供のような、無防備な動揺だけだった。
「隠しても無駄です。身体は嘘をつきません」
私はメジャーを握る指先に力を込め、一歩も引かずに告げた。
職業病だ。
目の前に「赤字に苦しむクライアント」がいれば、その損益分岐点を見極めずにはいられない。
「実家への送金、あるいは貢物の要求。……それが毎月、貴妃様の『交際費』の上限を超えている。違いますか?」
「っ……!」
王家は大富豪だ。だが、嫁いだ娘という一ユニットに、無限のキャッシュフローがあるわけではない。
実家は彼女を「打ち出の小槌」と勘違いし、法外な無心という名のコンプライアンス違反を強要し続けている。
「……苦しいでしょう。断れば『不採算アセット』と罵られ、応えれば自身の生命力を削るしかない」
私の言葉は、彼女が築き上げてきた自尊心の防壁を、論理という名の重機で粉砕していく。
プツリ。
張り詰めていた何かが切れる音が、確かに聞こえた。
「……なによ、あんたに……あんたなんかに……ッ!」
王貴妃は、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
床一面に散らばる極彩色の絹の上に膝をつき、両手で顔を覆う。
白粉の隙間から、堰を切ったように嗚咽が漏れ出した。
「私だって……私だって、辛いのよ……! 父様も兄様も、私のことなんて『金蔓』としか見ていない……。無理よ、あの方(皇帝)はそんなに甘くないわ……!」
完璧に塗り固められていた白塗りの仮面が、涙という名の溶剤でドロドロに溶け落ちていく。
目の前にいるのは、後宮を統べる女帝ではない。
憔悴しきった、一人の孤独な女性だった。
私は静かにしゃがみ込み、懐から清潔なハンカチを取り出した。
「……泣いている場合ではありません。王貴妃様」
私は彼女の涙を拭うと同時に、胸に秘めていた「解決策」を提示した。
「その『毒』、解毒する方法があります」
「解毒……?」
「はい。実家への送金を、合法的に、かつ角を立てずに停止するスキームです」
私は彼女の耳元に唇を寄せた。
「今度、尚服局から『倹約令』が出ます。皇帝陛下の勅命として。『宮中の贅沢を戒めるため、外部への贈答品を制限する』と」
「え……?」
「私がそう取り計らいます。貴女はただ、実家にこう伝えればいい。『陛下の命令で送れなくなった。無理に送れば、実家(王家)も処罰される』と」
「不可抗力」としての皇帝。
貴妃の意志ではなく、国家の決定として供給を遮断するのだ。
「……できるの? そんなこと」
「やります。その代わり――」
私は彼女の震える手を取り、氷のように冷え切った指先を強く握りしめた。
「私の仕事に、今後一切、口を出さないでください。……これからは『共犯者』として、仲良くやりましょう?」
彼女は、縋り付くような力で握り返してきた。
安堵という名の血液が巡り始めた証拠だ。
「……分かったわ。乗るわよ、その話」
涙で化粧の崩れた顔で、彼女は初めて、計算のない弱々しい笑みを浮かべた。
採寸終了。
私は彼女の「心のサイズ」にぴったりの、最強の防具を提供したのだ。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




